その話にうんうんうなずいていたのが、炎鵬とは金沢学院大学で同学年、ともに相撲部で戦った古澤大樹さんのお母さんの道子さん。炎鵬のお母さんと一緒に国技館に応援に来ていた。

相撲は個人競技だと思われていますが、違います。うちの子もそうでしたが、周りのサポートがないと戦えません。先輩も後輩も親も含めて、みんながチームです。誰ひとりが欠けてもダメなチームワークが必要です。選手で出てる子らは意外とずぼらで、脱いだら脱ぎっぱなし、自分のモードに入っちゃって誰とも口をきかない、というのがよくあること。それを当たらず触らず見守り支えてくれる人たちがいて、初めて戦えるんですよ」

「幸せな親だと思います」

 炎鵬がかつて所属した金沢学院大学相撲部は当初、申し訳ないが弱いチームだったそうだ。でも「今は2部(1部と2部がある)やけど、大会で2部優勝して1部に昇格して、西日本に優勝する」と宣言して切磋琢磨(せっさたくま)。中村(炎鵬)と古澤、今は幕下にいる田辺らが4年生のときに宣言どおりに西日本で団体優勝し、中村は個人優勝も果たした。お母さんたちはほとんどの大会に帯同して支えていた。

「もともと、友哉は負けず嫌いでギャラリーが多いと燃えるタイプだから(笑)。でも、本当にいい風景というか、そういうところを見せてくれ、一緒にお母さんたちみんなで応援できて、幸せな親だと思います」(中村さん)

「でもね、私たちは炎鵬を応援するのはもちろんだけど、炎鵬を支えるお母さんの由美ちゃんを応援してる、という気持ちが大きいんですよ」

 そう言うのは、お母さんたちと一緒に国技館に応援に来ていた長井るみさんと、板野幸恵さんだ。ふたりとも、お子さんが炎鵬と同じ小学校、同学年だった。

取組み後、国技館から出て来た炎鵬と「金沢炎鵬を応援する会」のみなさん
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「子どもたちが通っていた大徳小学校では当時、“育友会”という保護者の会が盛んで、炎鵬のお母さんの中村由美子さんも私たちも同じスタッフでした。家の蔵からタンスやらひな人形やらトラックで運びだして大規模なバザーを開いて地域の人たちに大人気だったり、“育友会”は金沢ではちょっとした有名なPTAだったんです。由美ちゃんはそうした活動をしながらパートでも働き、友哉たち息子2人を車で『押野相撲道場』まで送り迎えしていて。そういう姿をずっと見てきたから、角界に入ったと聞いて、育友会の流れのままに友哉も由美ちゃんも応援しています」(長井さん)