家賃3万円のアパートで語った夢

 それでも、仁枝さんが安田さんのもとを離れなかったのは、安田さんの熱い思いを感じていたからだ。

「あるとき、ホームレスの若者が教室を訪ねてきたんです。泊まるところもないという彼を前に、安田さんは2時間もじっくり話を聞いていた。そして、ホームレス支援団体や区役所などの連絡先を渡し、“ひとりで相談に行って難しければ僕も同行するから、またここに来て”と伝えていたんです。ふだんは、“仕事の効率を意識しろ”と口を酸っぱくして言っていた安田さんが、入塾希望者でもない相手に親身になって時間をさいていました。その姿を見て“社会を変えたい”という思いは本物なのだと感じたんです

 仁枝さんは、家賃3万円のアパートで夢を語る安田さんの姿を今も鮮明に覚えているという。

「このとき、生徒がまだ10人程度だったのに、“目の前の人を支援するだけじゃダメ。やり直せる社会をつくるんだ”と熱く語っていた姿は忘れられません」

 順調に生徒が増え、教室を移転。講師やスタッフも足りなくなり、人材を採用するようになったが、ここで、安田さんが直面したのが人材を育てることの難しさだ。真剣に考えていると人の感情を慮る余裕がなくなってしまい、会議中にスタッフをとことん追い詰めるような言い方をしてしまうことがあったという。その影響もあったのか、スタッフが相次いで辞めてしまった時期があった。当時の様子を仁枝さんが振り返る。

「そのときの安田さんは、かなりつらそうで“うつが再発しそう”と言っていたほどです。ただ、これを機に、スタッフとの接し方が顕著に変わりました。“こういう言い方をしたら相手が傷つく”というのを常に頭に入れながら話すようになったのだと思います。安田さんは元来、不器用な人。今も、コミュニケーションに対する自信のなさから、“自分から飲みに誘ったら悪いかな”と考えるなど、繊細な一面があります」

 安田さんや仁枝さんが中心となり、働く人にとっても心地よい環境をつくるため、人事制度を整えた。それは、キズキが大きく飛躍するきっかけになったという。

2017年、『スタディクーポン』の記者会見。文部科学省にて渋谷区長の長谷部健さん(前列右)らと
【写真】金髪に細眉げ、不良スタイルの安田さん

 今や全国から生徒が集まるまでに成長したキズキ共育塾。講師陣の中には、かつてここの生徒だった人もいる。不登校になって高校を中退し、キズキに通っていた泉友さん(22)もそのひとりだ。

 泉さんは5人の講師の授業を受けたが、親身になってくれる人ばかりだったという。

「最初のころは、気分の浮き沈みがあって塾を休んでしまうこともあったのですが、そんなときは先生が“今日はゆっくり休んでね。明日待ってるよ”と電話で励ましてくれた。勉強も受験制度のこともわからず、ゼロからのスタートだったので不安でいっぱいでしたが、先生たちが丁寧に教えてくれたので自分が向かう方向を見失わずにいられた。この塾は高校生でも社会人でもなく、どこにも所属していなかった僕にとって、やっと見つけた“居場所”になったんです

 泉さんのように、入塾当初は、気持ちの波があったりするため通塾が難しいケースは珍しくないのだと安田さんは言う。

「それに対して怒るのではなく、なぜ休んだのか、背景を探ることが大切です。“甘やかしてはいけない”などと言う人もいますが、原因も把握しないまま怒って、効果があるのでしょうか。 “甘やかすな”というのは、感情論にすぎない。支援とは論理的であるべきだと僕は思います。どうすれば通ってくれるか、やる気になるかを論理的に考え、段階を踏んで実行することが大切だと思っています」