多くの生徒が立ち直るきっかけをつくってきた一方で、救えなかった生徒もいる。

「これまで、少年院に入っていた生徒が3人来たことがあります。彼らは助けてくれる親もおらず、お金もなかった。応援してくれる親はいるけれどお金がないというケースなら、アルバイトでまかなって通う子もいますし、温かい家庭はないけれどお金がもらえているなら授業は受けられます。でも、家庭もお金もないとなると厳しいのが現実です。この3人は授業料を滞納したまま来なくなってしまった。授業料をもらっている人だけへの支援では限界がある。そう痛感させられました」

 この悔しさをもとに、安田さんは他団体や行政と連携し、さまざまな事業をおこしてきた。貧困家庭の子ども向けに塾代を支援するスタディクーポンを提供する事業を考案し、渋谷区での政策化を実現。昨春からは、うつや発達障害によって離職を余儀なくされた人に向け、ビジネススキルの学習機会を提供するビジネスカレッジ事業もスタート。離職し、ひきこもったりしている“空白の期間”をキャリアアップの時間にかえることを目指す。

人生は何度でもやり直せる

 折しも昨年は、ひきこもりの人をめぐる事件が多発し、ひきこもりが世間の注目を集めた。中には、“ひきこもりは犯罪者予備軍”とか“怠けているだけ”などという言葉を浴びせる人もいるが、安田さんは淡々と反論する。

大多数のひきこもりの人は、他人ではなく自分を攻撃しながら生きています。誰かの役に立ちたいと願いながらも、自信を失い“自分なんて誰の役にも立たない”と自分を責めている。もちろん犯罪は許されないけれど、社会に優しくされなかった人が、他人に優しくするのは難しいのではないでしょうか。 

 僕も、10代のころは自分以外の人間は敵だと思っていたし、他人と社会を恨みながら生きていた。でも、人の優しさを知ったことで、だんだん恨みが消え、他人を信じてみようと思えるようになったんです」

 人の輪の中で人間の温かさを知り、両親への思いも少しずつ変わってきたという。

「父は暴力的でしたが、もしかしたら、もともと感情のコントロールが苦手で、父自身も苦しかったのかもしれません。母も、人生がうまくいかないつらさや孤独感で追い詰められていたんじゃないか。そう思えるようになりました」

 一方で、いまだに複雑な思いが心の片隅に残っているのも事実だ。

「家庭に恵まれ、何不自由なく育ってきた人を見ると、“うらやましいな”と思うことが今でもあります。それに、仕事上の付き合いなら問題ないのですが、プライベートだと深い関係を構築するのが苦手で、家族を築ける自信がない。独身なのは、そのせいもあるでしょうね。今後は、自分のそういった一面も少しずつ克服できたらと思います」

 インタビュー中、安田さんは、“自分は運がいい”と何度も口にした。これほどの困難を乗り越えた人はそういないのではないかと思うが、“運がいい”と言えること自体が、安田さんが自らの人生を肯定している証なのかもしれない。

「世の中には僕よりもっと大変な人がたくさんいます。だからこそ、より多くの苦しい状況にいる人を支援できるように、塾や就労支援以外の事業も進めていきたいんです」

 “自分は強いからうつになんてならない、ひきこもったりしない”と思っていた。かつての安田さん同様、うつやひきこもりを経験した人の多くが、そう言うのだという。その言葉は、誰しも小さなきっかけで、うつやひきこもりになる可能性があることを示唆する。そう考えると“挫折した人がやり直せる社会”は、“現在、問題を抱えていない人にとっても安心して暮らせる社会”なのではないだろうか。

キズキのスタッフら。社内では成果主義の人事制度をしっかりつくり、モチベーションアップに努めている
キズキのスタッフら。社内では成果主義の人事制度をしっかりつくり、モチベーションアップに努めている
【写真】金髪に細眉げ、不良スタイルの安田さん

 安田さんは言う。「ひとりでも多くの人を支援できれば、本人だけでなく、その周囲の人も“人生は何度でもやり直せる”と考えられるようになる。そして、社会全体の価値観が変わっていくと信じています」と─。

 私たちひとりひとりが、人の可能性を信じ、自分や大切な人が安心して暮らせる社会をつくるためにどうすればいいのかを考える。“何度でもやり直せる社会”は、きっとその先に見えてくるはずだ。


取材・文/音部美穂 フリーライター。週刊誌記者、編集者を経て独立。著名人インタビューから企業、教育関連取材まで幅広く活動中。共著に『メディアの本分 雑な器のためのコンセプトノート』(彩流社)