※写真はイメージです

 同性愛者でフェミニストの小説家・王谷晶さんは、結婚という制度そのものに疑問を持っているという。その心は? 自身の経験談をもとにした鋭い持論を、綴ってもらった。

*   *   *

結婚という制度自体に疑問

 私の両親は結婚していない。いわゆる事実婚というやつで、もう40年以上一緒に暮らしている。もちろん別姓で、間に生まれた私は母方の姓を名乗っている。

 昔から「お父さんとお母さんの名前が違うなんてかわいそう!」とようわからん人に勝手に哀れまれてきたが、アラフォーの現在に至るまで両親の名字が違っていて困ったことや不便だったことは1度もない。強いて言えば前述のような「かわいそう~!」な人に絡まれるのがウザかったくらいだ。

 選択式夫婦別姓についての議論で「家族で名字が違うと不仲になる」なんて意見をよく聞くが、同じ名字の家庭だって不仲なところはたくさんあるだろう。姓を統一したって半年で離婚するカップルもあれば、別姓で40年続くカップルもいる。法律婚して子どもをつくっても浮気して離婚して養育費も払わない外道もいれば、名字の違う子どもをちゃんと育てる人もいる。

 そういう実例を見ているので、私は結婚という制度そのものに疑問を持っている。

 だいたい、現行の日本の法律では私は仮に結婚したくても絶対にできない。同性愛者だからだ。なので異性カップルに許されていることが同性カップルに許されないのは不平等であり差別だという観点で、日本での同性婚運動を応援している。

 が、もしそれが順調に進み日本で同性カップルも結婚ができるとなっても、私自身はしないと思う。本稿のタイトルにあるとおり、結婚というシステムそのものに疑問を持ち、抗いたいと思っているからだ

 結婚とはなんぞや? 戸籍制度があり、男尊女卑の気風がいまだに色濃く、男女平等指数が下げ止まらない日本において、それは個人間のリレーションシップを「家」単位に拡大し、家父長制を維持・発展させる行為にほかならない。