バカ殿は上座に座らない

 そんな志村さんを、客は愛した。もちろん、客だけでなく同業者からも愛され、リスペクトされた。同時代を芸人として生きたビートたけしは、志村さんを「芸人そのもの」と呼び、「俺はいろんなものに手出すけど、この人はコント一筋の人で。なかなかできないですよ」と評した(TBS系『新・情報7daysニュースキャスター』2020年4月11日)。 

 後輩芸人の中でも、近年、志村さんと親交を深めていたのは、千鳥の大悟だった。ある時期から志村さんとお酒の席を共にし始めた彼は、番組の中でもたびたび志村さんの名前を出した。志村さんの番組にもレギュラー出演し、一緒にコントを演じていた。

 大悟は志村さんから何かを吸収しようとしたのだろう。そして、志村さんは大悟に何かを伝えようとしたのだろう。大悟は私たちの知らない、あるいは忘れていた志村さんの姿をテレビで語り続けた。

 たとえば――

「殿様って絶対に上座に座るんよ。だからドラマでも映画でも殿様のシーンって絶対に殿様が上座に座る。ただ、バカ殿はバカやから絶対に下座に座ります。1回バカ殿の席を上座にしとって、志村さんブチ切れたらしい」(関西テレビ『千鳥の「話の引き出し」』2018年12月29日)

「コントの屁の音って、リアルな屁の音になったのって志村さんからって。それまではラッパやったんですよ。志村さんがリアルな屁の音に変えてからコントは屁の音になって、志村さん、家に屁の音、100種類もってる」(朝日放送『異端寺』2019年1月12日)

「こないだ志村さんにな、『アイ~ン間違えてるよ、大悟』って言われて。角度が全然違う。志村さんって、いかりやさんに向かっていつも(アイ~ンを)やってたから。おっきい人にやってたから。威嚇だから。脇見せるっていうぐらいが、アイ~ン」(テレビ朝日系『テレビ千鳥』2019年6月10日)

 2人の関係を象徴するようなエピソードを、大悟が語ったことがある。志村さんと一緒に歩いていたときのこと。前を歩いていた志村さんが振り向いて、大悟にこう言ったという。

「振り向いて、お前がいるとうれしいんだよな」(テレビ朝日系『テレビ千鳥』2019年8月12日) 

 志村さんは大悟にとって、芸人としてずっと前を歩いている人だった。そんな志村さんが振り向いて、大悟が後ろにいることを喜んだ。芸人の世界に師匠と弟子の関係がなくなったといわれて久しい中、2人の間には引き継がれた芸人としての何かがあったのではないか――。そんなことを思わずにはいられない。

 子どものころ、志村さんはバカ殿の格好で「アイ~ン」と言い、変なおじさんの格好で踊っていた。思春期になり、見る側が志村さんの笑いを幼稚と感じ卒業しても、彼はそれを続けていた。大人になり、テレビを見る時間が少なくなっても、彼はどこかでコントをしていた。

 私たちが振り向いたとき、そこには常に志村さんがいたのだ。彼はいつまでも動かなかった。舞台にこだわり、動きのある笑いにこだわり、コントを作り続けた。そして、ずっと“笑われ”続けた。

 新型コロナウイルスの影響で社会の状況が時々刻々と変化している中、私たちが失ったのはそんな不動点だった。


文・飲用てれび(@inyou_te