『週刊文春』(5月28日号)が黒川弘務・東京高検検事長の“賭けマージャン"疑惑を報じた。黒川氏は辞職にまで追い込まれ、訓告処分となった。

『検察庁法改正案』に日本中の注目が集まっていたところに、“時の人”の辞任劇。さすが『文春砲』といったところか。

 このスクープは一件の情報提供から始まっている。

 記事によれば、4月下旬に《今度の金曜日(5月1日)にいつもの面子で黒川氏が賭けマージャンをする》という情報が産経新聞の関係者からもたらされたという。聞くところによれば、その関係者とは黒川氏と一緒に麻雀をしていた産経新聞記者の同僚らしい。

 取っ掛かりが情報提供、すなわち“リーク”であるのはほかのスクープでもあることだが、リークがあっても必ずスクープにつながるものではない。特に今回のケースは追跡取材が難しいケースだ。

“情報提供者を開示”するという稀なケース

 有名人、芸能人なら普段から見慣れている記者も多く、顔と名前が一致する場合が多いが、今回の登場人物には一般人が多い。黒川さんはあれだけ報じられているうえに特徴的な顔つきをしているのでわかりやすいだろうが、一緒に雀卓を囲んでいた記者たちは、文春記者にとっては初見だと思われる(同じ業界だから顔見知りの可能性も捨てきれないが)。

 特にこのご時世は誰もがマスクをつけている。また芸能人は行動パターンや仕事の予定をある程度把握しやすいものだが、一般人となると、動きが読みにくい。そんな人たちの行動を細かく監視するのは張り込みに慣れた記者でも相当神経を使うだろう。取材に登用された記者・カメラマンの数は相当なものだと思われる。

 以上の点から、提供された情報はかなり詳細なものだったのではないかと推測できる。

 彼らが集合する日時、場所はもちろんのこと、黒川氏以外の記者たちの顔写真や体つき。そして、身長、服装など容姿に関する情報。直撃取材するためには当人たちの住所も必要だし、携帯電話の番号も知っておいた方がいい。

 そして記事から察することができるのは、かなり緻密な取材が行われていたことだ。まず土地や建物の登記をあげ、黒川氏らが麻雀を打った場所であるマンションの一室が産経記者の所有する部屋であることを確認し、同席した産経新聞記者ふたりが黒川氏と合流するまでの行動を細かくチェック。一挙手一投足を追っていることがわかる。

 部屋の所有者である記者は、参加者が揃う前に近所のコンビニとスーパーに出かけ、買い物をしているがその中身まで詳しく記述されている。またもうひとりの記者は、マンションに入る直前にコンビニに寄り、ATMを操作していたとも。何の操作をしたかは確認できていないようだが、これから賭け麻雀をするためにお金をおろしたとも推測可能だ。実に生々しく臨場感あふれる描写ではないか。

 また、取材してから記事が出るまで3週間ほどかかっているが、その間に徹底して周辺取材も行なっていたことがわかる。

 たとえば、このメンバーで麻雀を打つ場合、黒川氏は新聞社が用意するハイヤーでの帰宅が常だったことから、『文春』の記者は黒川氏を以前よく乗せていたという元ハイヤー運転手を見つけ出し、重要な証言を引き出している。そのほかにも虎ノ門の雀荘街の住人などからも情報収拾をしていたというから、今回の取材に対する力の入れ方が半端じゃないことがうかがえよう。

 麻雀は密室で行われたわけだから、室内で起きていたことは当事者しか知らない。それゆえ“賭けマージャン"というタイトルは、ひとつ間違えば訴訟にも発展しかねない危険性をはらむ。つまり、相手に反論の余地を与えないためにも完璧な裏取りが必要となる。

 今回の『文春』の記事で特筆すべきだったのは“情報提供者を開示”したり、“ハイヤー会社の関係者をみつける”といった取材過程をそのまま記事に書きつけていたという点。“逃げ場のないほど”詳細なデータと、情報提供から短期間で記事化させた気概がここにあらわれている。『文春』の底力を見せつけられた記事だったといえるだろう。

<芸能ジャーナリスト・佐々木博之>
◎元フライデー記者。現在も週刊誌などで取材活動を続けており、テレビ・ラジオ番組などでコメンテーターとしても活躍中。