夫に託した麻央さんの夢

 歌舞伎界にとって麻央さんとはどんな存在だったのか。歌舞伎評論家の喜熨斗勝氏に聞いてみた。

彼女は歌舞伎役者の妻として歴代最高といっても過言ではない人です。暴行事件で失意の底にいた夫を支え、立派な歌舞伎役者に成長させました。誰よりも市川家の伝統を大事にしていました。だからこそ、海老蔵さんと長男の勸玄くんの襲名を心待ちにしていたんです

死の2日前までブログを更新していた麻央さんは最期まで海老蔵と子どもたちを気にかけていた
【写真】小林麻央さんそっくりの麗禾ちゃんとすでにイケメンな勸元くん

 麻央さんが待ち望んだ海老蔵の『十三代目市川團十郎白猿』、長男の勸玄くんの『八代目市川新之助』というダブル襲名は、今年5月から披露公演を行う予定だったが、新型コロナウイルスの影響で延期になってしまった。

「公演を5月からにしたのは、オリンピックの開催に合わせて海外からの訪日客が増えるということで、世界中の人に歌舞伎をアピールするという意味合いもありました。でも、それ以上に“海老蔵”でなく“十三代目市川團十郎”として麻央さんの命日を迎えたかったという気持ちもあったのだと思います」(喜熨斗さん)

 芸能ジャーナリストの佐々木博之氏は、今後の公演開催の難しさについてこう語る。

歌舞伎関係者によれば年内の公演は難しいという見解です。歌舞伎界はご贔屓さんで成り立っている世界ですから無観客で行うわけにもいきませんしね。しかし、海老蔵さん自身は周囲に“延期はしかたない”と状況を前向きに受け入れているようです

 延期になってしまった麻央さんの夢である“大名跡の襲名”だが、海老蔵がいまだ叶えられない彼女の夢は、これだけではない。

「麻央さんは生前“乳がんで苦しむ人たちに希望を届けたい”と言っていました。その気持ちを酌んで海老蔵さんが計画したのが“ブログの書籍化”と“乳がん基金の設立”だったんです。彼女が闘病生活をブログで公開していたことで、多くの人が乳がんへの危機意識を持つようになりましたから、彼女の名前を冠した基金の設立や書籍は大きな意義があるだろうといわれていました」(前出・梨園関係者)