無敵の美少女棋士

 いつから林葉直子さんは、波瀾万丈な生き方、ジェットコースター人生、そしてスキャンダラスなお騒がせの、といった前置きがつく存在になっていたのか。あるいは、そう決めつけられてしまったのだろうか。

 もちろん林葉さんの存在や人となりは、あくまでもテレビや週刊誌といった媒体を通してではあるけれど、知っているつもりでいた。けれど彼女について書きませんかといわれたとき、私は彼女について本当は何も知らない、と感じた。

 なんだろう、この赤裸々、ぶっちゃけ、あけっぴろげな印象もあるのに、謎めいた感じ。

 林葉さんが将棋の世界だけにとどまらず、将棋を知らない私のような一般の人たちにも知られるようになったのは、颯爽と、彗星のごとく、鮮烈な、といった定型の形容を使うしかないマスコミへの登場だった。

少女時代。女流アマ名人戦に小学校6年生で優勝するなど、“福岡の天才少女”と騒がれる
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 学年でいえば、三つ下。希代の天才棋士。無敵の美少女棋士。そんな脚光を浴びている林葉さんを目にしたとき、ただの岡山県の田舎の高校生でしかなかった私は、こんな何もかも恵まれた人がおるんじゃなぁ、くらいの感想しか持ち得なかった。

 むしろ、淡い好意や薄い応援の気持ちは持った。これまた、自分とは関係ない場所で美しくかっこいい女の子は、畏怖の対象ですらある。見知らぬ遠くの世界は、みな美しい。

 そんな林葉さんが二十代になるころ、彼女は私の世界にやや近づいてきた。出版社とレーベルは違うが、林葉さんも私も少女小説家として文庫本を出すようになったのだ。

 こんな才能もあったなんて。ますます恵まれたところを増やしていくというのか、まだまだある恵まれたところを取り出してみせるというのか、これはちょっと胸がざわついた。なんといっても圧倒的に、林葉さんのほうが本は売れたのだ。 

 そこからまた十年以上も、林葉さんは将棋界という私にとってはとことん無縁の世界のお姫様で女王様であり続けたから、自分と重ねたり、なり替わりたいとも願わず、マスコミに出ている、可愛らしいのに超然とした姿勢の彼女をチラ見するだけだった。

 その間、私は岡山で最初の結婚をして二人の子を産み、小説は開店休業状態。このまま平穏に田舎町で主婦として母として生きていくのだと思っていた。だから、異界のお姫様のことなど忘れきっていた。

 そうして唐突にまた、林葉さんはワイドショーや週刊誌などに露出するようになる。これは、優等生然とした人気棋士には意表を突く衝撃でありつつ、彼女のまとっていた雑ないい方ではあるが不思議ちゃん、天然、という雰囲気に妙に似合ってもいた。

 きまじめなお嬢様のころから、すでにどこか危うい浮世離れした雰囲気も漂わせていた彼女の眼差しは、将棋盤を離れてもはるか何手先も読んで微笑んでいるようにも見えた。

 だから、後出しじゃんけんみたいないい方になるが、きっと彼女は決定的な破滅には向かわず、天才美少女に戻ると私も先を読んだ気になった。