そこで廣瀬さん夫妻は署名活動を始め、わずか12日間で3万7000人の署名を集めて政府に提出。その不都合は解消され、多くのフリーランス、仲間のミュージシャンたちを助けることができた。

「それでも先は見えません。ライヴハウスは感染リスクが高い、危ないと行政やメディアが言い募ってきて、いまだにそれを払拭する言葉もありません。誰か影響力のある人が『もう大丈夫ですよ。行っていいです』と言ってくれない限り、お客さんは安心して戻ってきてはくれません。ミュージシャン仲間はみんな、私たちの仕事はこれから先あるのだろうか? と心配しています」

コロナ禍で音楽に助けられたと多数の声

廣瀬潤次さん 
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 廣瀬さんは署名を集めると同時期にミュージシャンたちのアンケートも集めていたが、そこに寄せられた声を幾つか教えてもらった。どれも苦しい叫びでいっぱいだ。

《当面の演奏活動の見通しがたちません。この先、一年以上収入がないかもしれない。家族をどうやって養えばいい?》

《世の中が落ち着いてきたとしても、そのときにキャンセルした仕事、ライヴハウスやスタジオはつぶれないで残っているだろうか? お客さんやレッスンの生徒さんが戻ってきてくれる保証はない》

《どうなれば終息なのか? どうなれば安心なのか? そうした指針がはっきりしない限り、コンサートやライヴに聞きに行きたいと思うのだろうか?》

 緊急事態宣言が解除され、その後、いろいろありながらも私たちの生活は「ウイズ・コロナ」などと称され、パッと見、元に戻ってるかのよう。でも、ライヴハウスやミュージシャンたちの生活は緊急事態宣言のころとほとんど変わっていない。そして、先の見通しもいまだに立っていないのだ。

「コロナ禍の中で、何に助けられていますか? と問われたら、多くの人は音楽やドラマ、映画、本といった文化に助けられているんじゃないですか。本当に必要なもののはずです。なのに、それを作る人が生活できないなんて、それはないだろう? と思います」

 廣瀬さんのその言葉に「同感です。ステイホームに欠かせないものは音楽や映画でしょう? 必要なんだから、大事にしてほしいと思います」と言うのはシンガー・ソングライターの浜田真理子さんだ。

 浜田さんは34歳のときに自主制作したCDで注目を浴びて以来、20年以上にわたって島根県松江市を拠点にして、日本中をライヴして廻ってきた。映画やCMの音楽も手掛け、ミュージシャン仲間にもファンが多い。

私は3月25日に東京・世田谷で、小泉今日子さんと11年間続けている『マイ・ラスト・ソング』という歌(浜田さん)と朗読(小泉さん)のステージをやりました。終わってすぐ翌日に松江に戻りましたが、それ以来、ライヴは出来ていません。10月に下北沢の本多劇場で同じ公演をやることが決まりましたが、お客さんは半分だけ。それ以外のライヴは、今は決まっていません。そもそも私は松江に住んでいるし、高齢の母もいるので、東京や大阪へライヴをしに行って戻ってきたら、自主隔離することも考えなくてはなりません」