私って、誰なんだろう

 事実を確信したのは、それから間もなくのことでした。AIDで生まれた男性のインタビュー記事を、たまたま新聞で読んだのです。その男性も親と血液型が合わないことから疑問を抱き、母親に尋ねたところ、慶応病院でAIDを受けて生まれた事実を知らされたということでした。

「すべてのパズルのパーツがつながったというか、『ああ、こういうことだったんだ』みたいな感じです。父の血液交換の話では全然腑に落ちなかったんですけれど、その男性の記事を読んで、すごく腑に落ちた。『あ、これ私なんだ』って。勘というかなんというか、すとんと心に落ちてくるものがあったんですよね。たぶんこういうことなんだろうな、と

 納得できたのには、複数の理由がありました。沙世さんは母親と顔がそっくりなのに、父親とはほとんど似ていなかったこと(ただし、父親は沙世さんをとてもかわいがっていたようです)。母親は沙世さんを産む前、何度も流産を繰り返し、慶応病院へ「治療」に通っていたのを聞いていたこと、などです。

「そうするとやっぱり、AIDという答えが私には腑に落ちます。でも、父も母も亡くなっているので、事実を知っている人はもう誰もいない。『私は何だろう』というのをずっと抱えたまま、やっていかなきゃいけない感じですね」

 なお話を聞く限り、沙世さんは親や病院に対し、負の感情はあまり抱いていないようです。ずっと騙されていたことに対して、怒りの感情はないのか? と尋ねると、彼女はこう答えました。

「怒りようがないんですよね、母も父も死んじゃってるから。40年間、母として、父として育ててくれたので、それに対しての恩はあるし。教えてくれなかったことに関して『なんで?』というのはありますけど、それをぶつけようがない。怒れない、というのが私の場合、一番正しいかも。だからどうしようもないけど、『私って、誰なんだろう』という気持ちがずっと残るっていう」

 これは筆者の想像ですが、沙世さんは両親が亡くなった後で事実を知ったので、両親がAIDを隠そうとしたり、恥ずかしく思っていたりする様子を一切見ないですんだため、怒りがあまりないのかもしれません。

 筆者が取材したり、手記(*1)を読ませてもらったりした他の当事者たちは、ほぼみんな、告知後の親の不誠実な態度に深く傷ついており(そもそもは病院が子どもに事実を隠すよう親に指示していたためですが)、そのために怒りが強くなっているように感じられました。 

 負の感情はあまりないとはいえ、沙世さんもやはり提供精子・卵子による不妊治療については思うところはあるとのこと。まず、今後こういった精子や卵子提供による不妊治療をさらに広げていくのであれば、ルールをきちんと整えてほしいといいます。

以前ある女性が、ネットで知り合った精子ボランティアの人を高学歴の男性と信じてAIDで妊娠して、でも学歴は嘘だったという話がニュースになりましたけど、そういう悪意のドナーもいるわけですよね。そういうドナー情報の確認はしっかりしてほしいというのはあります