小学2年生の女の子が、ある日突然、父から《この家は悪い組織に監視されている。盗聴器とカメラがしかけられている。すべて見られている。となりのおばさんもやつらの仲間だ 気をつけろ!殺されるぞ!》という手紙をもらったら──。

 これは漫画家・ゆめのさんの幼少期におきた出来事だ。父、母、兄と暮らす4人家族のゆめのさんだったが、小学校低学年のころに父親が統合失調症を発症し、被害妄想に基づいた言動を繰り返したり、街を徘徊するようになっていた。

父の病気は幼心で理解するには複雑すぎた

 統合失調症は “見張られている”“悪口を言われる”などの幻覚や妄想の症状や、意欲の欠如などの症状が現れる精神疾患だが、このころのゆめのさんの父親に目立っていたのが幻覚と妄想だった。統合失調症のはっきりとした原因は解明されていないが、100人に1人は発症するという珍しくない病気だ。

 ゆめのさんは今年、父の統合失調症と向き合った幼き日の実体験を描いたコミックエッセイ『心を病んだ父、神さまを信じる母』(イースト・プレス)を上梓。冒頭の手紙のシーンなどショッキングな部分もあるが、漫画のタッチが朗らかでほのぼのとしているので、恐れることなく、家族の話を受け入れることができる。統合失調症が身近でない人にも読んでほしい作品だ。ゆめのさん本人に話を聞いた。

漫画家のゆめのさん
漫画家のゆめのさん

「子どものころ、父が通院して、薬を飲んでいたので病気だとは気づいていたけれど、それがどういう病気か私自身は全然、わかっていませんでした。身体の病気と違って心の病気というのは、幼心で理解するには複雑すぎたんですね。『監視されている』という手紙をもらったときは意味がよくわからなかったけど、母が困りだしたということは覚えています。もともと父は家族ともコミュニケーションを取らず、ひとりでムスッとしていることが多くて。父のことが嫌いだったんですが、その父がさらにおかしなことを言い出したという感じでした」

 と率直な思いを振り返る。小学生の子が統合失調症を受け止めて正しく理解することは難しいだろう。母も心配をかけまいとしたのか、子どもたちに父の病気のことは話さなかったという。ゆめのさんや兄の中には、「もっと普通のお父さんになってほしい」と父を憎む気持ちが強くあった。

『心を病んだ父、神さまを信じる母』より
『心を病んだ父、神さまを信じる母』より

 ゆめのさんの父親は大学時代に学生運動に没頭するも本意でない公務員になり、職場で溜め込んだストレスを晴らすかのようにギャンブルにハマり、借金を作っていたという過去があった。統合失調症を発症したのもストレスが一因だったのではないかとゆめのさんは分析する。

 病状が深刻になる中、父は「自分は病気ではない」と通院や服薬を拒否し始める。病識がないことは統合失調症の症状のひとつだ。結局、父親は仕事を長期休職したのち退職するのだが、この状況ですべての負担を背負ったのが母親だ。