日常を繋ぎとめてくれていた母

「思い返せば母が、頑張って日常を繋ぎとめてくれていたなって思います」

 母親は明るくて社交性があり、父とは対照的な性格。母は父の面倒を見ながら家事、子育てをし、家計を支えるために在宅ワークで徹夜する日もあった。夫と離婚する選択もあっただろうに、母は見捨てなかったのだ。夫の回復を信じ、家族の柱となって働く前向きな母親の姿は、この漫画の光になっている。

 漫画の中には当時、母がつけていた日記が部分的に掲載されている。

《気長に、気長に心をかよわせてゆこう。二面性を持ったあなたの、おだやかな方の心がいつか戻ってきてほしい。話がちゃんとできるパパに戻ってほしい》

 祈りにも似た思いがつづられるが、ゆめのさんの母はキリスト教の信者でもある。

漫画の構成を考えたとき、はじめは統合失調症の父がメインだったんですけど、母の強さも重要な要素だと感じたんです。それで、タイトルに『神さまを信じる母』を入れました。なぜ母が強かったのかというと、信仰を持っていたからだと思うんですね。

 母の日記は、漫画を描く過程で資料になればと見せてくれたんですけど、私たち子どものことを考えてくれていて、父がよくなるようにという思いが嘘のない純粋な言葉で書いてあって、ウルッときました。当時は毎日、母がご飯を作ったり家事をすることは当然だと思っていて、忙しい母が手を抜くと“ちゃんとご飯作ってよ!”と文句を言ったこともありましたが、この年になって母の気持ちがやっとわかりました。いまは母に対してごめんね、大変だったんだねと思います」

“神の声”を聞いた父

 出口のない闇の中で、父は「声」を聞く。妄想や幻覚に苦しめられ、死んで楽になりたいと車道に飛び込みかけた父に「止まりなさい」という声が聞こえたというのだ。これを“神の声”だと受け取った父は、キリスト教を信じ始め、再び病院に通って投薬治療を続けながら、ゆっくりと生活を立て直していく。

 父を変えた大きなエピソードだが、ゆめのさんは「キリスト教のおかげ」「信じれば救われる」というような一面的な描き方はしたくなかったという。

「父が声を聞いたシーンは、統合失調症だから声を聞いたという暗示を入れて描きました。私は無宗教なので、神さまの存在を肯定はしないけど、母や父の信じる気持ちも否定したくない。それとどう向き合えばいいのか考えて、その葛藤をそのまま描きました。

 単純に信仰を持つといいよねって結論ではないと思うんです、それで救われない人もいっぱいいるだろうし。だからこの漫画を書くとき、こういう父がいた、こういう母がいた、こういう結果になった。私たちの家族はこうだったって、事実だけを伝えるものにしたいと思いました。信仰を持っていたから家族みんなが幸せになったわけじゃないし、いまでもそうですし