双子の長男・徠夢(らいむ)君が突然、倒れたのが7歳のとき。奇跡的に命はつながったものの、重い脳損傷により寝たきりとなった。母・美香さんは女手ひとつで仕事と家事をこなしながら、リハビリに寄り添い続けてきた─そして10年。「人は、ただ存在しているだけで素晴らしい。わが子を見ていると、ありがとうという言葉しかない」
「公園で遊んでいた1時間後、息子は意識不明になりました─」
そう当時を振り返るのは、重度の障害がある徠夢君(17)の母であり、現在は講演活動を行う小池美香さんだ。あの日を境に、それまで当たり前だった日常は、音を立てて崩れていった。
息子の事故から始まった、母の闘い
当時7歳だった徠夢君は、公園で突然倒れ、頭を強く打った。原因ははっきりしないまま、救急搬送。知らせを受けて駆けつけた美香さんの目に飛び込んできたのは、わが子とは思えないほど変わり果てた姿だった。
「ついさっきまで普通に話していたのに、呼びかけてもまったく反応がないんです。なぜ頭を強打したのか。目撃した人もいないため、何が起きたのか理解が追いつかなくて、ただ“どうして?”という言葉だけが頭の中でぐるぐる回っていました。現実を受け止める余裕なんてまったくなく、パニックでした」
医師から告げられたのは、あまりにも厳しい見通しだった。脳の損傷は深刻で、「余命は2、3日。仮に目を覚ましても、家族を認識することは難しいかもしれない」と説明される。
「正直、頭が真っ白になりました。でも同時に、“ここで私が諦めたら、この子は本当に終わってしまう”という思いも強くて。根拠があるわけじゃないんです。ただ、この子はまだ生きている、その力を信じたい、信じるしかないと思っていました」
その思いに突き動かされるように、美香さんはすぐに行動を始める。翌日には学校を訪れ、担任や友人たちに協力を求めてメッセージを集めた。それを録音し、病室で何度も聞かせる。声をかけ、歌を歌い、絵本を読む─反応がなくても、できることはすべてやった。
「意味があるかどうかなんて、そのときは考えていませんでした。何もしないでいるほうが怖かったんです。“今の私にできることは何か”をずっと探し続けていました」
入院から約2週間後、徠夢君は目を開けた。しかし、視線は合わず、反応も乏しい。
「目が開いた瞬間は本当にうれしかったです。でも、そのあとすぐに、“あれ、この子は戻ってきていないかもしれない”と気づいてしまって……。喜びよりも、失ったものの大きさを突きつけられるような感覚でした」
“助かった命”と、“元には戻らない現実”。その狭間で揺れる感情は、言葉にしきれないものだったという。




















