「絶対に大丈夫」医師の言葉に励まされ
仕事は介護休暇を取り、付き添いに専念した。しかし、状況は簡単には変わらない。徠夢君は人工呼吸器をつけ、脳のむくみの影響で頭蓋骨を外した状態。リハビリについて消極的な見方を示す医師もいた。
「遠回しに“やっても大きな改善は見込めない”ということなのかなと。でも、それで納得できるほど簡単な気持ちではありませんでした。この子の未来を、今ここで決めつけていいのかと」
美香さんは、「別の可能性を探したい」という思いで動いた。自身が医療職だった経験から、適切なリハビリを受けられるケースであることも知っていた。
転院を求め続け、ようやくリハビリ病院への道が開ける。そのとき、張り詰めていた心をほどいたのは、転院先の医師のひと言だった。
「“大丈夫。退院するころには、今を忘れるくらい良くなっていますよ”と言ってくださって。それまでマイナスの言葉ばかりだったので、初めて未来の話をしてもらえた気がして……あのとき、初めて泣きました」
リハビリは少しずつ実を結び、徠夢君は感情を取り戻し、認識力も回復していく。泣く、笑うといった反応から始まり、色や名前を理解し、やがて文字を書くまでになった。
しかしその裏では、終わりの見えない生活が続いていた。離婚後、双子を一人で育ててきた中での介護。仕事との両立、経済的不安……。
「余裕なんて本当にありませんでした。時間も気持ちも常にギリギリで、“ちゃんとできているのかな”と自問する毎日でした。でも、立ち止まるという選択肢はなかった。目の前のこの子のことだけを考えて、一日一日をつないでいくしかなかったんです」
美香さんは「リハビリは現状維持にしかすぎない、もっと身体の機能をよくする可能性を探したい」と、嚥下訓練のため長野の病院に入院した。目標は「食事を口からとること」。
「リハビリには数か月かかりましたが、食べられるようになったときは、本当にうれしかった。身体も大きくなって、表情も変わっていって。“まだ伸びる力があるんだ”と実感できた瞬間でした」
その後、体力も安定し、2024年には3度目の挑戦で気管切開を閉鎖。意思表示も、さらにはっきりしていった。

















