「チャラーン! こん平でーす!」

 張りのある大声で、観客と掛け合う姿を覚えている人も多いハズ。『笑点』(日本テレビ系)に出演していた林家こん平さんが、昨年12月に他界した。77歳だった。

 二つ目のときから『笑点』以外のテレビ番組やラジオにも出演する人気者。底抜けに明るく元気なこん平さんだったが、その裏には苦労も。 

「弟子入りした初代・林家三平さんが54歳の若さで亡くなったのは、1980年のことでした。当時37歳だったこん平さんは、一門を取り仕切る総領弟子として三平さんのお弟子さんたちを引き受け、必死に林家一門を支えたのです。なじみの飲み屋さんに行けば、ほかのお客が帰るまで必ず最後まで居残って、一生懸命に楽しませる気遣いの人。豪快に見えるけど、実際は繊細なんです。一門を支えるプレッシャーはそうとうなものだったはず。大好きなお酒を飲みすぎて、お店に迷惑をかけてしまうこともあったようです」(落語関係者)

 長年にわたってお茶の間に笑いを届けてきたこん平さんは、2005年に難病の多発性硬化症であることを公表。2006年に『笑点』を降板し、病気と闘ってきた。

「近年では家族やお弟子さんの懸命なサポートを受けて、細々とですが活動を続けていました。出演するイベントにお孫さんがいらっしゃることも。お孫さんと接するときは満面の笑みで“落語家になってほしい”と話すこともありました」(スポーツ紙記者)

“後継者”と目された孫は今

 病気を患うなか、孫の成長が心からの楽しみだった。過去の雑誌インタビューでは《孫は可愛い。一緒にいると、どんなときよりも楽しい》と話していたこん平さん。こんな思いも抱えていた。

「こん平師匠には3人の娘さんと息子さんも1人いますが、落語家にはならなかった。だからこそ、孫のひとりが“落語家になりたい”と話したときは、そりゃあ師匠は大喜びで。孫のために芸名も用意していたぐらいなんです。地元・新潟のお米のPRもしていましたから、それに掛けて“林家新米”ってね」(前出・落語関係者)

 ただ、孫がデビューしたという話は聞こえてこない。今はせっせと稽古に励んでいるのかと思いきや……。

「2016年の大学入学時に落語研究会に入り、2020年の卒業と同時に入門してデビューを目指す予定だったんです。ただ、その落研も半年間でやめてしまったそうで、今はバンド活動をしているんだとか。続けていれば、こん平の名前も継げたんだけど……。こん平師匠の孫ってことで周囲も厳しかったようだから、つらかったんだろうね」(同・前)

 ガッカリしたかもしれないけど、可愛い孫が選んだ道を天国からニッコリ笑顔で見守っているに違いない。