182cmの背丈からスラリと伸びた手脚、鋭い眼光、低音の響く渋い声……。“エンケンさん”の愛称で親しまれる俳優遠藤憲一(59)は、「コワモテ俳優」と言われて思い浮かべる顔ナンバーワンではないだろうか。今年の6月に還暦を迎えるが、テレビ番組から映画まで出演作が絶えず、昨今ますます活躍の場を広げている。

 17歳のときに演劇と出会い、人生は一変。29歳で結婚し、現所属事務所の代表兼マネージメントを務めるのは、妻・昌子さんだ。2人で一緒に歩んできたこれまで、そして、続いていくこれから──。

「ウィッス」のひと言だけで十数テイク

「結婚はやっぱり、ひとつの転機ですよね。それだけじゃなくて、事務所を独立させて女房に俺のマネージャーをやってもらうことになったのも、大きな転機だと思ってる。ずっと“私はやりたくない”って言われちゃってたんだけど、自分のことをいちばん知っている相手に引き受けてもらうのが、俺の願いだった。大変だろうなとは思いつつ、なんとか頼み込んで。3年間、ずーっと口説き続けました」

 遠藤を俳優の世界へと導いてくれた前所属事務所の社長の引退をきっかけに、'07年、今の所属事務所『エンズタワー』を立ち上げた。ほかの大手事務所に移ることを考えなかった理由は、

「日常生活の中で、人よりできないことがいっぱいあるんです。だから、相手への説明もそのぶん必要で。やりとりが二度手間や三度手間になるくらいなら、最初から俺をわかってくれている女房に、と。大きな組織に行ったら、問題児扱いされるだけだとも思っていたから」

 そばにいる時間が誰よりも長く、信頼できる妻とともに歩んできた、独立後の約15年。出演作はVシネマやヤクザものが多かった遠藤の仕事の幅が広がったのも、この期間のことだ。インタビューに同席した昌子さんは、マネージャーを頼み込まれた当時の心境を「本当に嫌だった。すっごく嫌だった!」と振り返り、明るく笑う。

「大事なことだから2回言いました(笑)。私は正直、自分の時間も大切にしたいと思っていたから、仕事に行ってくれている間に自由なひとときを過ごすのが好きだったんです。それに、それまで遠藤が選んでいた出演作の中で私が“見たい”と思うものは少なくて、あまり作品を見てこなかった。

 でも、このまま同じ路線で進んでいくには厳しい部分もあるだろうな、どこかで路線変更してみてもいいんじゃないかな、と感じていたので、それなら私がマネージャーを引き受けたほうが早いかもって覚悟を決めたんです

 昌子さんのハンドリングもあって出演作のジャンルが広がり、親しみやすさが増した今では、コミカルな役柄やチャーミングな役柄を演じる機会も増えた。悪役としての認知度のほうが高かった遠藤が、初めて主演を務めたドラマ『湯けむりスナイパー』('09年/テレビ東京系)は、自身にとっても思い入れの強い作品だと話す。

 遠藤が扮(ふん)したのは、殺し屋であった過去を隠して温泉旅館で働く仲居・“源さん”。本作は源さんの周囲で繰り広げられるさまざまな人間ドラマを描いた物語で、演出と脚本を務めたのは映画『モテキ』や『バクマン。』で知られる大根仁だ。

大根さんは“テンポよく撮る人だ”という印象で撮影に臨んだら、この作品ではまるで大違い。源さんは何か言われると“ウィッス”と返事をするキャラクターなんだけれど、そのひと言だけでも“いや違います”、“もう一回”って、何十回もやり直して。表情も“もう少し柔らかくして”とかリクエストされたりね。あとで聞いたら、大根さんが7年間も温めていた作品だったんだって。だからこその、こだわりだったんだな。

 俺は悪役を演じることが多かったから、あのころは演技中も自然ときつい表情になってしまっていたかもしれないけれど、大根さんに俺の中の“普通”なものを引っ張り出してもらったなって感じています。テレビドラマに関しては、表現の幅を広げるきっかけになってくれたのが大根さんですね」

遠藤は大根仁監督との思い出を真摯(しんし)なまなざしで語ってくれた 撮影/伊藤和幸
遠藤は大根仁監督との思い出を真摯(しんし)なまなざしで語ってくれた 撮影/伊藤和幸