トランスジェンダーの役も時代劇での将軍役も、事前準備をせず、いきなり現場で「はい、スタート」となりきれるものではないと思うのですが、本人は役作りの苦労を語りたがりません。『任侠ヘルパー』映画版の取材のときは、何もしていないはずはないだろうと時間をかけて聞いてみたところ、「まぁ、体はしぼりましたけれどね、5キロぐらいかな」となんでもないことのように話してくれたので、油断できないのです。

 努力家であるだけでなく、役をつかむ感性が鋭いこともよく知られています。『青天を衝け』の慶喜役についても、「(歴史的背景などは)まったくわからない」と言いつつ「僕自身が分かっていない感じが、慶喜のつかみどころがない雰囲気とリンクしているよう」(「NHK大河ドラマ・ガイド『青天を衝け』前編」/NHK出版)と語っています。

 慶喜と言えば、その名がタイトルロールになった本木雅弘さん主演の大河ドラマ『徳川慶喜』(司馬遼太郎原作)があり、2018年にも『西郷どん』(林真理子原作)で松田翔太さんが“ひーさま”と呼ばれる慶喜を演じていましたが、司馬さんも林さんも、将軍でありながら徳川の世を終わらせることを決断し、鳥羽伏見の戦いで幕臣たちを置いて戦場から去った慶喜を不可解な人物、時に冷たい人物として描いています。「つかみどころのない」というのは、人物像としてまさに的確だと言えるでしょう。

トップアイドルの実力は伊達じゃない

 しかし草なぎさんの演技を見ていると、青年期の慶喜は徳川幕府の救世主として期待され、自分に何ができるのかに苦悩していた高邁な人物であったと感じます。栄一と出会った場面での感情を抑えた表情と声のトーン。プライドが高く容易に人を信じない用心深さもありながら、「徳川の命は既に尽きている」と勇気ある直言をした栄一に期待する心理も、一瞬の目の表情ににじませていました。まさに別次元の演技。

 栄一役の吉沢亮さんも『ごごナマ』で「草なぎさんのオーラやたたずまいが、お武家様のすごく位の高い人がいるという説得力がある」とコメントしており、それは長年、トップアイドルグループにいて人の2倍、3倍努力することが当たり前であり、主演俳優として視聴率などの結果を出すことが求められ、「すごくレベルの高い人」であり続けた草なぎさんだから出せたもの。

 そういった役者と役柄のシンクロニシティを見込んでいたのであれば、NHKのプロデューサーたちのキャスティングセンスはさすがと言うべきです。


小田 慶子(けいこ おだ)ライター
テレビ誌編集者を経てフリーライターとなる。日本のドラマ、映画に精通しており、雑誌やWebなどで幅広く活躍中。