石井は、選手以外とも友好的に接していた。

「オフには担当記者たちと一緒にフットサルをすることも。運動神経がいいから、なかなか上手なんですよ。奥さんの木佐彩子さんも気さくな方で、マスコミ受けもいいですね」(前出・スポーツ紙記者)

元同僚が語る石井監督の素顔

 ゆるキャラっぽく見えるが、頭の回転は早いという。ヤクルトでチームメイトだった真中満氏は、実際には計算高いのだと語る。

元チームメイトの真中満氏(左)と飯田哲也氏
【写真】石井一久監督を支える元フジの女子アナ妻は今ーー

天然を狙ってる部分もちょっとある(笑)。ワードセンスがいいんです。マイペースなのも、周りに流されずにやれるのは監督としては強みになりますね。采配を見るまではなんとも言えないけど、話を聞いている限りではバランス感覚がいい。

 マスコミが田中投手のことを聞きたがっても、彼に負担が集中しないようにうまく分散させている。全員で戦う姿勢が感じられますね」

 先輩からは可愛がられ、誰とでも仲よくできる性格が監督に向いているという。

「2001年に優勝したとき、石井が中心になって記念Tシャツを作って配ったんですよ。今じゃ優勝記念Tシャツなんて当たり前ですけど、あれが最初だったと思う。大きい声で騒ぐタイプじゃないけど、そうやって盛り上げるというか、まとめるのは上手でしたね。なんとなくみんながついていってしまうような、不思議な魅力がある人間です」(真中氏)

 ヤクルトで先輩だった飯田哲也氏も、石井の明るさと気遣いを評価する。

おとなしそうに見えて、実は明るくてユーモアたっぷり。もともと周りをよく見て空気を読んでしゃべるタイプです。僕を含めた先輩に対する礼儀はすごくしっかりしていて、後輩にとっては“兄貴分”といった感じで人望がある。“石井さんのためなら”と思わせるくらい、面倒見がいいんです」

 大事な試合に寝坊してきて怒られたのに、好投して完封するほどメンタルも強い。それでも、まったく欲がない。

「ノーヒットノーランを達成した1997年9月の横浜戦で、8回に自分から“代わりましょうか?”って言ったんです。野村克也監督に“こんなチャンスめったにないんだから”と言われ、“じゃあ行きます”って続投して記録達成(笑)。マイペースなんです。1992年に優勝したときは、インスタントカメラの『写ルンです』をベンチの中に持ち込んで胴上げを撮っていました(笑)。おちゃらけたことをしても、なぜか彼は許されちゃうんですよ」(飯田氏)