グラノーラ作りは生きる源、
そして命を取り戻す作業

 毎日のようにSNSで発信するうち、闘病中の人や病気の家族を抱える人たちからも支持されるようになる。フォロワーもぐんぐん増加。誰かの役に立ちたいという希望と、役に立てているという実感が、ゑみさんの命を支え、生きる原動力になっていった。

 そのひとつが、オーガニックの「グラノーラ」作り。身体に負担の少ないメープルやオートミールの自然な甘さを活かして、糖質制限中、闘病中の人たちでも食べられるグラノーラを“お裾分け”するというアイデアをすぐに実行した。

「入院中に身体に優しいグラノーラをもらってうれしかったから、今度は自分のグラノーラで多くの人に希望とほほえみを届けたい」と願ったのだ。

グラノーラにはゑみさん手書きのカードを添え、丁寧に梱包し、みずから発送作業を行っていた
【写真】ゑみさん手書きのカートが添えられたグラノーラ

 理想のグラノーラは「ほほゑみグラノーラ」と呼ばれ、完成した今年2月15日には自身のSNSで希望者に採算度外視で“お裾分け”を開始。大きな反響を呼び、500件を超す申し込みに受注をストップせざるをえなくなる。

「申し込みが殺到して、彼女ひとりで作るには限界ギリギリ。それでも食べてくださる方を笑顔にしたいと張り切っていました。大量の段ボールに詰めて、自分で宅配所に運んでいました。お母さまが運ぶと言っても、ゑみは譲らなかったそうです」(友人)

 1日の終わりには、グラノーラ作りを手伝っていた母親とシャンパンで乾杯。この母娘の絆を確かめ合う時間をゑみさんは大切に思っていたという。

グラノーラにはゑみさん手書きのカードを添え、丁寧に梱包し、みずから発送作業を行っていた

 薬が効いたのか、がんの影もCT上では薄くなっていた。もしかしたら治るかも、と喜んでいた矢先の3月24日、急激に体調が悪化。再入院する。

 グラノーラ作りはこの再入院の前日まで続け、申し込み分をすべて作って発送し終えていた。ある意味「命を削って」グラノーラ作りに尽力していたといえるだろう。同時にそれが、病気と向かい合う原動力になっていたのだ。グラノーラ作りは「命を取り戻す」作業。家族も気持ちを理解し、無理に止めることはしなかった。

「ご家族はその行動力、生き方に『清々しいくらいだ。ここまでやり遂げるのを見ていたら、ある意味、悔いはない』とおっしゃっていました」(友人)

「娘が天国に行ったのに『充実感に満たされて幸せだ』ってご家族がおっしゃるのですから。本当に、ゑみはカッコいいですよ。死後なお、ゑみの偉大さを感じています」(友人)

 ゑみさんの支援者からは、「ほほゑみグラノーラ」の商品化を求める声が絶えないという。