仕事は子育てよりラク?

 伊勢丹でのポップアップ販売がトントン拍子に決まり、テレビの密着取材もタイミングよく開催期間の2日前に放映された。すると、準備していた20点は初日の午前中に完売。噂を聞きつけたほかの百貨店からも声がかかる。慌てて商品をかき集めて追加搬入した。

 順調に販路を拡大すればするほど仕事量は増える。千津さんは、布地の買いつけや工房の拡大、現地での生産管理などもあり、年の半分をウガンダで過ごしていた。

 その間、国内の仕事のすべてをカバーしたのは律枝さんだ。打ち合わせ、商品の発送、ポップアップ開催期間には現地に駆けつけて朝10時から夜8時まで1週間、立ちっぱなしで働いた。札幌から福岡まで全国の百貨店で開催されるたび、ホテルや交通機関を手配して1人で1週間の出張を繰り返す。

「スーツケースを持って、日本全国を飛び回りました。主人から電話がかかってきて、『今どこにいるの?』って聞かれて、『今、大阪です』なんて答えるんです。以前なら考えられなかったけど、大変っていうより、ワクワクしてとっても楽しいの」

 家事はある程度自分の予定どおりに進むが、そこに4人の子育てが重なると、気が抜けず、終わりは見えない。365日、ほぼ休みはなかった。そんな生活を何十年もしてきた律枝さんにとって、仕事の段取りなどお手のものだった。

「子育ては突発的にいろんなことが起こります。でも、仕事は大体予定どおり。何時まで頑張れば終わり、この山を越えるまで頑張ろうとめどが立てられます。

 私、『段取り8割』ってよく言うんですけど、そこまでできれば後はだいたい大丈夫。出張前はベッドの中でずっと段取りを考えていました」

 そんなとき、新たな助っ人との出会いがあった。お客様の1人、佐々木幾代さん(37)だ。百貨店のポップアップストアでバッグを購入したときに会話が弾み、律枝さんと連絡先を交換したのだという。

「日本のことは律枝さんがほとんどおひとりで動いていらっしゃるという事情を聞いて本当に驚いて、お手伝いできることがあればお声がけくださいってつい言っちゃったんです。ただのお客さんなのに」

 佐々木さんは当時、救急救命士として働いていたが、連絡先を交換してから1年後には代官山の実店舗オープンスタッフとして働き始めていた。ファッションセンスのよさを活かしたコーディネートやスタイリングについてのコラムも担当している。

「律枝さんはスタッフみんなのお母さん的な存在。最初のころはみんな『お母さん』って呼んでました。接客をとても大事にしていらっしゃるので、私も学ばせていただいています。千津さんはみんなを引っ張るリーダー。生徒会長のような存在です。誰かが何か提案したときは、絶対に否定しない。ピンチのときも、できる方法や代案を一緒に考えてくれます。ダメな理由じゃなく、どうすればできるか。いつもポジティブな方向に向かっていくんです」