それがA子さんを見た最後です

 近隣住民らによると、A子さん一家がこの地で暮らし始めたのは約45年前。A子さん夫妻と一男一女の4人家族だった。

 成長した子どもたちはやがて独立し、それぞれ家庭を持った。有名企業に勤める夫は「お酒を抱えているような人」(知人)で飲めるA子さんと晩酌を楽しんでいたが、定年退職してすぐに脳梗塞で死去。A子さんは約14年、この家をひとりで守ってきた。

「元気な女性です。少し耳が遠くなり、足腰を悪くしましたが、カートを押しながら自分の足で病院に通っていました。デイサービスにも行っていました。比較的近くに住んでいる娘さんが毎日の弁当配達を手配したほか、週1、2回は顔を出して買い物に連れて行っていましたね。つい最近もコロナのワクチン接種の予約を取ってあげていて親孝行だなと感心したばかりです

 と顔見知りの男性は話す。

 火災の数日前、ちょっとした異変があった。A子さんは自宅で腰が痛くなって救急車を呼び、のちに「救急車をタクシー代わりに使っちゃった」などと茶目っ気たっぷりに知人に話している。

 火災の前日には美容院へ。陽気な性格で髪形をオーダーするときは「若くして」とよく笑った。この日も短くカットを終えて「あー、切ってもらってよかった」とうれしそうに帰っていったという。

 火災当日の午前中、犬の散歩でA子さん宅前を通った前出の70代男性は、居間にいるA子さんにいつも通りに“おーい”と大きく手を振った。

「動物好きなA子さんはうちの犬をよくあやしてくれたんですよ。あの日は手を振り合っただけでしたが、ふだんと変わらない様子でした。それがA子さんを見た最後です」(同男性)

 A子さん宅からは火柱が立ち、道路を挟んだ電柱の電線までも溶かした。鎮火するかしないかの頃、A子さんの娘と孫娘が火災現場に駆けつけ泣いていたという。

裏から見たAさん宅。写真手前の1階に台所があったというが、燃え残っている
【火災現場の写真】失われるものはあまりにも大きい

◎取材・文/渡辺高嗣(フリージャーナリスト)

〈PROFILE〉法曹界の専門紙『法律新聞』記者を経て、夕刊紙『内外タイムス』報道部で事件、政治、行政、流行などを取材。2010年2月より『週刊女性』で社会分野担当記者として取材・執筆する