「前任の篠沢(秀夫)先生も完璧には正解できなかったから、気は楽でしたね(笑)」

 そう振り返るのは、回答者の1人として出演していた北野大(まさる)。最高視聴率は40・8%。1976年から16年間にわたり放送されたクイズ番組『クイズダービー』(TBS系)。一般視聴者3チームが正解しそうな回答者を1人選び、持ち点を賭ける……という競馬の手法を取り入れた斬新なルールがウケ、一躍、国民的番組に。

「僕が受け持った1枠は男性の一発逆転枠で、僕の正解率は2割ぐらいでしたね。プロデューサーには“正解には個性が出ない。間違えるから個性が出るので、間違えても問題ありません”と言われていたし、本業の大学教授の仕事も忙しかったので、番組用に勉強することはなかったです」

 タレント活動も行う教授の先駆け的存在の北野大だが、テレビに出るきっかけはTBSのミスだったという。

「『サンデーモーニング』が始まる際に理系のコメンテーターを探していたそうなんです。番組で司会を務める関口宏さんが大橋巨泉さんに相談したところ、弟を通じて上の兄貴と面識があったことから、“(ビート)たけしの兄貴がいいと思う”と推薦したとか。でもTBSのスタッフは勘違いして、長男ではなく三男だった僕のところにオファーをしてきて……その経緯は後で知ったのですが(笑)。それで番組に出始めて間もなく、前任の篠沢教授がやめることになり、『クイズダービー』の話をいただいたので、不思議な縁ですよね」

ヤラセ疑惑もたびたび囁かれた

 本命担当のはらたいらさんや竹下景子の正解率の高さなどから、ヤラセ疑惑もたびたび浮上したが、こう否定する。

「司会の大橋巨泉さんですら、その日出題されるクイズに目を通すのは本番直前。ダメ元で1度、スタッフに問題を教えてくれないか頼んでみましたが、相手にされませんでした(笑)」

 ヤラセどころか回答者の会話を聞いて、直前に出題内容を変える徹底ぶりだった。

「本番前に回答者たちが雑談していた中に、その日のクイズに近い話題が出てきたことがあったそうで。そのときは、慌ててスタッフが出題内容を変えたと聞きました」

 そんな離れ技が可能だったのは、出題の方法が関係している。

「当時もそれなりに映像技術は発達していましたが、出題内容はアナウンサーが読み上げるだけ。テロップすら出ませんでしたから。それだけクイズの内容に自信があったんでしょう」

 のちに直木賞作家となる景山民夫を含め、5人のクイズ作家が1人毎週20問。計100問提出されたクイズの中から企画会議で厳選した7問が出題されていた。

「本当にいろんな角度から出題されるので、毎回感心していましたね。何よりクイズにウイットがありました。最近のクイズ番組は知識量を争う傾向が強いですが、個人的には楽しめないとダメだと思っていて。いまだに『クイズ―ダービー』を超える番組は出てきてないんじゃないかな」