五輪を「国の威信をかけた場」と捉える考えは中国で根強く、自国の人気選手が出る競技で海外選手を応援するのははばかられる雰囲気もある。しかし羽生選手に限っては異なるようだ。ファンは「スポーツに国境はない」と主張する。

 中国国営放送のアナウンサーが羽生選手を絶賛し、外務省の華春瑩報道官も昨秋に「羽生選手の応援は任せて」とツイート。「中国に友好的な羽生選手を応援するのは愛国と矛盾しない」という解釈も成り立っている。

 ウインタースポーツが強化の途上にあり、自国開催なのに中国のスター選手が少ないことが、羽生選手への人気一極集中につながっているとの指摘もある。平昌五輪では、日本が金メダルを4つ獲得したのに対し、中国の金メダルは1つだった。

 今大会では米国人の父と中国人の母を持つフリースタイルスキーの谷愛凌選手の人気が高く、8日に金メダルを獲得したときは祝福コメントが殺到してウェイボが一時ダウンした。モデルとしても活躍する谷選手は世界トップレベルの選手だった2019年に中国籍を取得した。圧倒的な実績と美しさを兼ね備え、中国に友好的な選手がSNSをテコに社会現象的な人気を得るという構図は、羽生選手と共通する。

笑顔でやりきることを願う中国のファン

 8日は羽生選手のSPの得点が伸びず、ネーサン・チェン選手が世界最高点をたたき出した。だが全選手が滑り終わった後も、中国のSNSウェイボでは「羽生結弦」がトレンド1位を維持した。不運を嘆く声も少なくないが、それ以上に「順位はどうでもいいから悔いなく滑ってほしい」「SPで悪運は使い切ったから、あとはいいことしかない」と自分のマインドを切り替えようとする投稿が圧倒的だった。

 新型コロナウイルスで有力選手が次々と出場できなくなる異例の大会において、中国のファンは、羽生選手が10日も笑顔でやり切ってくれることを何よりも願っているようだ。

※当記事は2月10日の午前、羽生選手のフリー出場前に配信されたものです。


浦上 早苗(うらがみ さなえ)Sanae Uragami
◎経済ジャーナリスト 早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社を経て、中国・大連に国費博士留学および少数民族向けの大学で講師。2016年夏以降東京で、執筆、翻訳、教育など。中国メディアとの関わりが多いので、複数媒体で経済ニュースを翻訳、執筆。法政大学MBA兼任講師(コミュニケーション・マネジメント)。新書に『新型コロナVS中国14億人』(小学館新書)。
Twitter: @sanadi37