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ー 「病院に行けない」相撲界の“闇”

 2023年12月18日、元関脇・寺尾の錣山親方が、うっ血性心不全のために亡くなった。享年60という若すぎる彼の死に、相撲ファンから悲しみの声が上がった。

 振り返ってみると、早世の人気力士は数多い。今年67歳で亡くなった朝潮のほかにも、北の湖62歳、千代の富士61歳。寺尾の兄で「井筒3兄弟」の1人、逆鉾は58歳。昭和の土俵に上がった歴代横綱の平均寿命を見ても62歳と、日本人男性の平均、81歳と比べると異常といえるほどの短命といえる。一体、何が原因なのか?

相撲界独特の“問題”がありました」

 こう話すのは、複数の相撲部屋でトレーナーとして力士のサポートをしている、いぬい接骨院の乾智幸院長。

「ひと昔前、高卒や中卒で相撲界に入ってきた力士に、まずは食べて身体を大きくしろと、むちゃな食生活で体重を増やすことをしてきたんです。いうなれば“人間フォアグラ”ですよ。その結果、20代前半から生活習慣病といわれている痛風や高血圧、糖尿病などを発症していました」

 若い力士の中には、重度の糖尿病が発症リスクを高める、皮下の脂肪細胞で炎症を起こす蜂窩織炎(ほうかしきえん)が多く見受けられたという。また、ケガなどに対する意識も低く、

“治るものはケガではない”という風潮がありました。“土俵のケガは土俵で治せ”なんて言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、これは少々のケガで稽古を休んでいては強くなれない、という意味なんです。

 今はコンプライアンス的に問題になるので、稽古中に身体を痛めたら無理をするな、休めと師匠や親方が言う時代になりましたけど」

「病院に行けない」相撲界の“闇”

 小さなケガや身体の疾患が積み重なり、最終的に寿命を短くしている、と乾さんはこう続ける。

「取組を見ていて気づかれた方もいるかもしれませんが、最近は頭と頭がぶつかる立ち合いが少ないと思いませんか? あれは稽古場でやっていないとできないものなのですが、稽古で無理をしないように指導されているんです。頭からいくと骨折や硬膜外血腫につながることもありますから」

 そして'22年1月、取組中に後頭部から土俵下に落ち、脳震盪を起こした宇良のことを例に挙げ、

宇良関は退場するとき、フラフラしていましたが、次の日も土俵に上がっていました。ラグビーだと脳震盪を起こしたら、3週間試合に出ることはできません。でも、相撲は次の日に出ないと休場になってしまいます。僕はあのとき協会の理事に“命に関わることですから、最低限のルールは決めましょう”と連絡したんです」

 最近は改善されてきたとしつつも、まだほかにも相撲界には“闇”があったという。

「ケガをしても幕内くらいの立場の力士なら病院に行けましたが、序ノ口のような若い子たちは部屋の雑事に追われて病院に行く時間がなかったんです。そういう時代を過ごしてきて、今、身体的に“時限爆弾”を抱えている親方衆はたくさんいますよ

 食生活や稽古が改善され、今の若い力士は安全になってきたというが、「相撲がつまらなくなった」と嘆いている親方もいるという。だが、優先するのは力士たちの“命”のはず─。