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ー 「ミポリンって呼んでいいよ」
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ー 20代後半で子宮筋腫が発見される

 

「中山美穂さんを忘れないで」

 デビューから33年がたち、タレントとして活動する一方、池尻のバー『YABEKE』を16年にわたって経営している矢部美穂。幼少期から憧れの存在だったという中山美穂さんが2024年12月に亡くなって1年が過ぎた。このたび、中山さんへの思いを明かしてくれた。

小学生のころからアイドルオタクで特に美穂さんが大好き!憧れていました。美穂さんの顔になりたいなとずっと思っていたんですよ。でも私って、当時は暗くて学校でも何もしゃべらないタイプ。クラスメイトからは“矢部菌”なんて呼ばれることもありました……。先生も異変には気付いていたようですが、何もしてくれなかったんです。いじめが原因で居場所がどこにもなくて、自死を考えたこともありました
 
 しかし、アイドル雑誌のコンテストでグランプリを受賞し、芸能界入りを果たしたことで人生が一変する。

「もともとはアイドルになりたかったんですけど、歌もダンスも決して上手とは言えなかったのでそっちの方向に行けなかった。だからグラビアの道に進むことに決めたんです」

 グラビアの世界で頭角を現したことで、活動の幅は雑誌やラジオを飛び越えてバラエティー番組にまで広がりを見せる。

「ミポリンって呼んでいいよ」

 2024年9月には、憧れの的だった中山さんとついに共演を果たす。フジテレビ系で放送されていた『アウト×デラックス』の特番だった。

「美穂さんが登場したときは、うれしさのあまり、感極まって泣いてしまいました。その後、美穂さんから“ミポリンって呼んでいいよ”と言っていただき、ツーショットまで撮ってもらえたんです。本当に“夢のような”時間でした」

 しかし、番組が放送された3か月後の2024年12月、中山さんが急逝してしまう。入浴中の不慮の事故だと発表された。