2月25日の衆議院本会議で国民民主党の玉木雄一郎代表が「国会のデジタル化を進め、タブレットの持ち込みを可能にすべきではないか」と提案した場面で、議場からヤジが飛んだ。
かつてヤジは“議場のスパイス”
「玉木さんは、国会には“品位に欠ける”という理由でタブレット持ち込みができず、仕方なく紙の原稿を読み上げていると言うとヤジが浴びせられました。玉木さんは同日に更新したXで、《どう考えても本会議場でのタブレットより本会議場でのヤジの方が品位に欠けると思うのですが…》と苦言を呈し《そもそもなぜ与党席からあんなにヤジを飛ばされたのか分かりません》と記しています。ポストは《国会改革していきましょう》とマナー改善を求める提言で締めくくられています」(スポーツ紙記者)
玉木氏のポストはまたたく間に拡散。共感の声が次々と重なり、ネット上では国会のヤジに対して厳しい声が相次いでいる。
《ヤジを飛ばす国会議員は人間としての品格に問題がある》
《ヤジを飛ばした者は即除名の議員立法を作って下さい》
《そもそもなんでヤジ飛ばしていいってなってんだ? ノイズにしかならないし小学校の学級会以下かよってずっと思ってる》
こうした声が寄せられる理由を政治ジャーナリストが指摘する。
「ヤジはかつて“議場のスパイス”として肯定的に受け止められてきましたが、SNSが普及する現代では一瞬を切り取られ、政治全体の印象を左右する材料になります。いまは面白い一言や瞬間的なパフォーマンスよりも、品位ある姿勢や落ち着いた議論の積み重ねのほうが評価される時代となっています」
政治はある種の劇場でもあり、かつてヤジは“国会の華”と称されてきた歴史はある。
「鋭い一言が場内をどよめかせ、与野党の緊張感を一気に高める。論戦が白熱するほど議場は独特の熱気に包まれ、その空気ごとテレビ画面を通して伝わってきたものです。夕方のニュースや国会中継を見ながら、政治家同士の応酬に手に汗を握ったという世代も少なくありません。ただ、やはり国会にも“アップデート”は求められるでしょう」(前出・政治ジャーナリスト)
デジタル化をめぐる議論の影で浮かび上がったのは、国会のアップデートは機器だけでなく、“言葉”にも求められているのではないか——という問いだった。
怒号ではなく、議論を。パフォーマンスではなく、信頼を。玉木氏の提言は国会のありかたそのものに変革を求めるものとなったようだ。






















