《目が美しすぎる。紛れもなく私の思い描いていた“Ado”だった》
《Adoって本当に実在するんだなって痛感した》
自らの殻を破るような決意や前向きな覚悟を感じる
2月26日、歌い手・Adoの半生が綴られた自伝的小説『ビバリウム』が出版。28日にはAdoのYouTubeチャンネルに、本と同じタイトルの実写MVが公開。初の顔出しにより、SNS上は冒頭のようにファンの歓喜に満ちた声であふれた。
「'20年に社会現象となった楽曲『うっせぇわ』で鮮烈なデビューを飾ったのが、当時高校生だったAdoさんです。ボーカロイド文化や“歌ってみた”と呼ばれるネット発のカルチャーから頭角を現し、瞬く間に日本の音楽シーンの中心的存在となりました。近年は世界ツアーも成功させ、その人気は海外にも広がっています」(レコード会社関係者)
J-POPに詳しい音楽ライターの荻原梓さんは、Adoの魅力についてこう語る。
「多彩な歌声を自在に操る歌唱力が、ほかの歌手にはない魅力です。例えば『うっせぇわ』での迫力ある“がなり声”は彼女の最大の武器で、多くの人が衝撃を受けるほどのパンチ力があります」
一方で、Adoのブランディングを語るうえで欠かせないのは“顔を出さない”というスタイルだ。
「リスナーの注目がビジュアルに向かわず、歌声そのものに集中する。結果として純粋に歌唱力が評価される環境が生まれていたと思います。匿名性ゆえに、ミステリアスな存在にも感じられ、ファンそれぞれが自分の中のAdo像を想像しながら楽しんでいました」(荻原さん)
常々“自分のことがあまり好きではない”と話すAdo。'21年のウェブサイトのインタビューでは、
《単純に、私は自分に自信がないんです。自分のことを素晴らしいと思ったことは一度もないです。ふざけて「自分は歌が超うまい」って言うことはありますけれど、真剣に自分のことを愛しているとは到底思えなくて》
と語っていた。そんな彼女が今回、MVで隠し続けてきた“素顔”の公開に踏み切った。その背景について、荻原さんは表現者としての成長があると、こう指摘する。
「歌い手としてだけでなく、表現者としてより上を目指していくための動きだと感じます。作詞・作曲にも挑戦しており、自分の内面の思いや葛藤を、歌を通して伝えようとする姿勢が強くなっている。自らの殻を破るような決意や前向きな覚悟を感じます」
素顔の公開は、今後のキャリアにおいて表現の柔軟性が増し、活動の幅を広げる変化をもたらすという。
「ブランドイメージはこれまでのアニメやイラスト中心のものから、実写を含めた、さらに幅広い表現へと広がるでしょう。作詞・作曲にも取り組み始めたことで、より自分自身の内面をさらけ出し、メッセージを伝えていくタイプのアーティストになっていくと思います」(荻原さん)
本のタイトルにもなった“ビバリウム”。作中では、言葉の意味についてこのように説明されていた。
《外界から隔てられた小さな空間で、自分だけの世界を保ちながら生きる「箱庭」のような場所》
自分を守ってきた箱から飛び出して、さらなる高みへと突き進んでいく─。
おぎわら・あずさ J-POPを中心に扱う音楽系フリーライター。リアルサウンド、ビルボードジャパン、推し楽など各種メディアで記事を執筆

















