9月18日に行われたホッケー男子の韓国対バングラデシュ戦では、韓国ではなく、北朝鮮の国歌を流してしまうという失態もあった。不手際が続出する事態に対し、「残念ながら予想通りと言ってもいいぐらいでした」と話すのは、スポーツ文化評論家の玉木正之氏だ。
「今大会の様子を見ていると、“事前にブリーフィングの機会が1度でもあったのかな?”と思ってしまいます。東京オリンピックの際は準備期間に勉強会が何度も開催されていましたからね。今回も、招致した愛知県や名古屋市が中心となって、大会の原義や目的を関係者に事前共有すべきでした。それができていなかったことが一連の不手際にも繋がったのでしょう」
選手の交流の場「選手村」がない
相次ぐ失態の背景には理念の欠如があるという。それを物語っているのが、これまでのアジア大会ではおなじみだった“ある場所”がないことだ。
「今大会で象徴的なのが、選手村が無いことです。それを聞いただけで“あ、もうダメだ”と思いました。アジアのアスリートたちが集まって平和の祭典を行うことが目的の大会であるはずなのに、選手たちの交流の場である選手村が無いのでは、何のためのイベントなのかよく分からないとしか言えないですよ。人が集まってお金が動くから、という理由だけで開催すれば、今回のようなトラブルが起こるのも当然でしょう」(玉木氏)
単なる準備不足にとどまらず、スポーツの原義を置き去りにしてきた日本の課題が浮き彫りとなってしまった。


















