結局、日ハムの指名挨拶、入団交渉の席につくこともなく1年間の浪人生活を経て、2012年で巨人から2年連続1位指名を受けて、念願の巨人軍入りを果たした菅野。
しかし、このドラフトで日ハムは菅野を再指名することはしなかった。なぜなら〈その年一番の選手〉である、大谷翔平投手(花巻東高校)の単独“強行指名”に踏み切ったから。
「若いうちに行きたい」との希望から「高校卒業後はメジャーリーグ」の進路を公言していた大谷。打ち立てた大きな目標と、揺らぎそうもない本人意志に、当初は指名を検討していた球団も早々に“白旗”。誰もが「大谷はメジャー行き」と思っていた。
ところがドラフト会議当日、またもや会場内でどよめきが起こった。日ハムがまたもや強行指名を仕掛けたのだ。ところが、今回は歓声はなかったーー。
2年連続で「1位指名」をドブに
「本人のメジャー挑戦の意思は固く、菅野くんと同様に学校での指名挨拶では本人に会うことすらできず。プロ志望届を提出している以上は指名することは自体は自由ですが、だからといって入団するとは限らない。日ハムは“2年連続で1位指名をドブに捨てた”とも揶揄されたものです。
また“メジャーの夢”に挑戦する、大きな決断をした若者を阻害するかのような球団の強行指名に、今度ばかりは世間からの批判も大きかった」
それでも当時の日ハムGM、スカウト、そして栗山英樹監督はあきらめず、根気強く大谷、そして家族との話し合いを重ねた。大谷の代名詞である「二刀流」も、当初は球団側が提示したものではなく、大谷本人の「どっちもやりたい」との意思を尊重した上で球団として“育成プラン”を練ったのだという。
そしてドラフトから約2か月後の12月25日、背番号「11」のユニフォームを着用した大谷が入団会見に登場。のちにMLBで4度のMVPに輝くスーパースター誕生につながる、大谷にとって記念すべき日となったのだ。



















