生き物が大好きな“じゃっぱ娘”

「私が生まれたのはすぐそこ、ここから歩いて10分ほどのところだ。年齢? 18歳(笑)」

 まずはそんなジョークをジャブのように繰り出して菊谷さんが話し始めた。

「えの(私の)父親はおんじ(長男)で、そんなおんじの家っていえば、大人だけで15人、全部で20人ぐらいの大家族。昔はそれが普通だったんだわ」

 だが、そんなおんじの父親といえば、大家族の世話役を妻に押しつけ、本人は女性と出奔してしまった。菊谷さんが2~3歳ごろのことだった。

「だんでね(それでね)、母は死のうと思って(2人姉妹の)私と姉の手を引っ張って、線路を何度歩いたかわかんねえって。あのころの姑って鬼みたいなワケさ、嫁をこき使って。それがつらかったんじゃないの」

 明け方から深夜まで、休む間もなく働く母親を少しでも助けようと、菊谷さんも一生懸命働いた。小さいころから山に行ってはワラビを摘んだりゼンマイを取ったり。夜は夜でワラビをゆでて、タケノコの皮をむく。夜12時前に寝たことなどなかったという。

 あの幻の珍獣・ツチノコを見たのは、小学生だったころの話。

「もう70年ぐらい前の話だけど、ず~っと山奥の田んぼに行くと、たま~に出くわすの。ツチノコって頭に小さいツノが4つ生えてるんだわ。ヘビみたいに三角の頭をしてるけど、ブクッとしていて、太くって、短いんだ」

 ツチノコはトカゲの一種の誤認とか、エサを食べたばかりのヘビだという説がある。だから腹部がブクッとして短いというのだが、菊谷さんはこれを真っ向から否定する。

 春、田んぼでご飯を食べていると、ツチノコがやって来て、こぼれた米粒を漁る。

「その早いのなんの! バーンと行っちゃうんだよ、飛ぶの! ヘビとは絶対に違う。ツチノコは絶対にいるっ!」

 そう言って口を真一文字にキュッと閉じる。そして、「ツチノコにはツノが4つあってそれを冠っていうんだけど、“女の人が頭にかぶっている風呂敷をかぶせると冠をおいていく。そのツノは宝物さ”って、昔の人はそう言ってたの。2~3回は見たな」

菊谷さん同様、焼きイカ屋さんを営む姉の長谷川文江さん 撮影/竹内摩耶
菊谷さん同様、焼きイカ屋さんを営む姉の長谷川文江さん 撮影/竹内摩耶
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 思わず周りを見回してしまった語り口の巧みさは、生まれついてのものらしい。

 戦争直後ということもあり、学校は1か月に1日行けばいいほう。そんな環境の中でも、身投げをしようとした人を救ったエピソードで、弁論大会で見事1等を勝ち取った。

 お隣で同じ焼きイカ屋さんを営んでいる姉の長谷川文江さん(75)が、その時のことを振り返る。

「死のうと思って海を見に来た人を見つけて、この人が、“あんたのお母さんの言うことを聞いていればきっとよくなる。だから生きろ!”って説得して。それを1000人の前で演説したの。みんな泣いてたなあ」

 さらには、そんな妹の性格を、

「あたしは引っ込み思案なんだけど、この人は積極的で頭の回転が速いの。子どものころから虫も殺せないし、ミミズまで育てていたな」