「人間的生活をしたいというお考えに聞こえた」

 そんな“息苦しさ”に耐えかねての意思表明だったとみるのは、学習院中・高等科時代に天皇陛下と同級で日独フォーラム会長の織田正雄さん(83)。

「天皇や皇太子は、特に個人的な自由が厳しく制限されていて、私は長年それを拝見してきました。昨年の12月、中・高等科時代に学習院にあった『清明寮』の同窓会がありました。会は2時間の予定で、陛下に声をかけさせていただいた当初は、いらっしゃるというお返事をいただきました」

 織田さんが残念そうに振り返る。

 

「しかし、その後はそんなに長い時間はいられないということになり、直前に30分ということになって、実際は20分ほどのご参加でした。公務や次の約束があったのかもしれませんが、側近に“お時間です”と声をかけられるのが日常のようです」

 陛下は長年、そのような境遇に不満をお持ちだったのではないかと織田さんはみる。

私たちが学習院時代、学校外でスーツを着たのも、車の免許を取ったのも、電気シェーバーを使い始めたのも、同級生のなかでは陛下が最初だったと思います。どうやら側近のすすめでもあったようで、新しいものを取り入れる気風はありましたが、陛下はご自分の不自由さを嘆いておいででした」 

 陛下の2歳年下の弟・常陸宮さま(81)と比べても、“自分には自由がない”と、こぼされていたという。

「高3の修学旅行で、東北地方に旅をしたときでした。陛下がいらっしゃるということで、停車しない駅でも人々が集まりホームで旗をふるので、陛下はそのたびに私たちの席から離れて、窓から“皇族の顔”をして挨拶をされていました。旅をお楽しみになることは、とてもできないなと思いましたね」

 織田さんは、陛下とプライベートで海や山に出かけたときも、やがて天皇となる方が受けざるをえない“制約”を目の当たりにしてきた。

昨年8月のお気持ちは、そんな不自由な生活からそろそろ解放され、人間的生活をしたいというお考えのように聞こえました。その後の専門家などの意見を聞いていても“天皇はこうあるべき”という思いが強すぎ、それが陛下たちを束縛しているようにも感じました。退位についての現在の議論をみると、陛下の“本心”が完全に叶うのかどうか気になります」(織田さん)