大原麗子さんとは猛プッシュの末、結婚。しかし結婚生活は5年で幕を閉じた

 大学では空手部に所属し、2段の腕前だった渡瀬さんは、本当に腕っぷしが強かった。

「“芸能界最強”と言われていましたね。“主役に抜擢された彼に嫉妬して、因縁をつけてきた俳優たちをボコボコにした”とか“米兵3人を1人で相手して撃退した”などの数々の伝説を残しています」(前出・映画ライター)

元妻との共演ではそばにつきっきりで

 私生活では'73年に大原麗子さんと結婚するが、'78年に離婚。翌年に現在の妻と再婚し、1男1女に恵まれた。

'83年の『南極物語』では、“共演”した犬たちを引き取って育てました。一緒に苦楽をともにした仲間ですから、“もう厳しい環境には戻せない”と思ったそうです」(映画配給会社関係者)

 渡瀬さんの動物好きは有名で、自宅近くの公園ではよく愛犬を散歩させていた。

「映画の犬だったのかはわかりませんが、アラスカ犬を散歩させているときがありました。その犬たちが亡くなった後は茶色のラブラドール。きっちりと躾をしていたようで、それは犬を見てもわかりました」(近所の住人)

 '91年には思わぬ災難に見舞われることに。

「経営していた伊豆のペンションに落雷があり、大火事になって屋根などが焼けました。ログハウス型のおしゃれな建物で、12億円もしたそうです」(前出・スポーツ紙記者)

 '95年に起きた阪神・淡路大震災では、石原軍団とともに現地に赴き、炊き出しを行った。渡瀬さんは島根県生まれだが、幼少時に淡路島に移り住んでいて、第2の故郷でもあったのだ。

 '92年から始まった『十津川警部』シリーズでプロデューサーを務めた森下和清さん(現オスカープロモーション・エグゼクティブプロデューサー)に渡瀬さんとの思い出を聞いてみた。

「'13年の9月に放送された50作目で、お兄さんの渡哲也さんにゲスト出演してもらったんですよ。渡さんは'11年のTBSドラマ『帰郷』で兄弟共演して、制作発表会見で“共演はこれが最後です”と言っていたからダメだと断られたんです。でも恒さんが説得してくれました。撮影中に見ていると、お兄さんの前だと、恒さんはまさに弟。かわいいというか、弟ちゃんという感じ。それがほほえましかったね

 もうひとつ、森下さんが渡瀬さんに頼んで実現させた共演がある。

「'04年の12月に放送された33作目に、元奥さんの大原麗子さんに出てもらいました。恒さんに、出てもらいたいと伝えると“オレはいいんだけど、奥さんに聞いてみるわ”って。奥さんは、“もうそんな小さいことは忘れているからいいわよ”と言ってくれたそうです。麗子さんは相変わらずわがままだったから、恒さんは自分の出番がなくてもマネージャーのようにずっと彼女についていましたね」