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'05年、テレビへの復帰会見で笑顔を見せた久米宏さん
「今日はアガってガチガチでした」
最後まで“らしさ”を貫いた久米さん
1985年4月25日、この日で、『ザ・ベストテン』の司会を降板した久米宏さん。最後の生放送終了後、長年コンビを組んだ黒柳徹子とともに、ベストテン恒例の記念撮影かのように、『週刊女性』カメラに“ハイ、ポーズ!”。
『ザ・ベストテン』司会コンビ・黒柳徹子と『週刊女性』カメラに“ハイ、ポーズ!”
1月1日、肺がんのために亡くなった久米さんは1967年、TBSにアナウンサーとして入社。『ぴったし カン・カン』などの司会で人気者となり1979年、フリーに転身。
1985年から2004年まで『ニュースステーション』(テレビ朝日系)のキャスターを務め、報道番組の新たな道を開拓。もの言うキャスターと呼ばれ、時には大物政治家などの権力者と対峙。
常に視聴者の視点に立ち、歯に衣着せぬもの言いで意見を述べてきた。そんな姿勢に妻・麗子さんは、《久米は、最後まで“らしさ”を通したと思います》と追悼。《自由な表現者として駆け抜けた日々に悔いはなかったと思います》と思いも語った。
《『さよなら』は言いたくない、いつか会える時が来たら、続きを話しましょう》
黒柳が悲しみを綴るなど、親交の深かった著名人から追悼の言葉が。その声は、天国の久米さんに届いていることだろう─。
















