あえてバリアフリーでない学校へ進学

 小・中は養護学校(現・特別支援学校)で、ほぼ教師とマンツーマンの9年間。高校はどうしても普通校に行きたかった。

8歳のお正月、家族と。那覇市の自宅は1階に祖父母、叔父、2階で両親と夏子さんたち三姉妹が暮らしていた
8歳のお正月、家族と。那覇市の自宅は1階に祖父母、叔父、2階で両親と夏子さんたち三姉妹が暮らしていた
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 ところが、進学先をめぐってもめにもめた。夏子さんは高松宮杯全日本中学校英語弁論大会(現・高円宮杯)で入賞して、アメリカに招待されるなど英語が得意。両親や養護学校の校長には、英語教育に力を入れるバリアフリーの新設高校を強くすすめられた。

 一方、夏子さんの志望は県立首里高校。伝統校だが校舎にエレベーターはない。「何で?」と不思議がられた。

「だって、新設校に行ったら、先輩がいないじゃないですか。私は部活をしたり、たくさんの友達と遊びたかったから。あとはね、すごい好きな男子がいて、首里高校を受けると聞いて(笑)」

 反対を押し切って受験。見事に合格した。

 解決策は自分で考えた。各階に車イスを置き、階段は抱っこしてもらう。行動的な夏子さんは放送部や生徒会にも所属。放課後もあちこち行ったが、運び手を探すのに困ったことはない。

高校時代は放送部、生徒会、インターアウト部に所属。友達もたくさんいた
高校時代は放送部、生徒会、インターアウト部に所属。友達もたくさんいた

 同級生の當間笑美子さん(35)もよく抱っこしたひとりだ。大変だと思ったことは1度もないという。

「なっちゃんの依頼の仕方って、遠慮しないんですよ。“あ、笑美子お願い”という感じで自然だから、こっちも構えない。抱っこするときも、“今日はここが痛いから、こう持って”とか明確に伝えてくれるし。私が風邪ぎみだったりすると、“ほかの人に頼むわ”と気遣ってくれるから、私もできなくてごめんねって気分にならなかったです」

 幼いころから地域で培ったコミュニケーション力のおかげだろう。

 當間さんによると、夏子さんは友達が多く、いつも人の輪の中心にいたそうだ。

「英語の先生にすごいトキメイて、“キャー、ヒデキー、ヤバイ”みたいな感じで、うるさかったですよ(笑)。先生にも遠慮しないで何でも言うし、台風の渦巻きのようにみんなを巻き込んで、いろいろ前に進めてくれる人でした。

 なっちゃんが首里高校にいたことで、生徒たちが得たものは大きいと思います。障害があるとかないとか関係なく、人って何でもできるんだなと思いました

 修学旅行は真冬の北海道に行った。教師たちは「雪の上を車イスで行けるか」など悩んだが、同級生が「抱っこすればいい」と、みんなで後押ししてくれた。