ひと口に道具、機械といっても当然、曲げわっぱ専用のものは存在しない。既存の機械やパーツを組み合わせたり、ほかのことに使われている素材を応用したりと、それらはすべて、栗盛さんの創意工夫によって作り上げられている。例えば現在、栗久の多くの商品で使われているひな型は、入院中の友人を見舞いに行ったときに思いついたという。

道具や機械を積極的に取り入れる背景には、社員により楽しく、安全に働いて欲しいという思いもある
道具や機械を積極的に取り入れる背景には、社員により楽しく、安全に働いて欲しいという思いもある
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「クリスマスのダンスパーティーに出ようと練習してたら、転んで足が折れちゃったの。病室でギプスをはめてる友人に、“石膏だし、重くて大変だろう”って声をかけたら、“栗さん、これメッシュだしすごく軽いよ”って言うんですよ。なに? 固くて、軽くて、自在に変形するなら、これはひな型の素材にぴったりじゃないかと、“早く元気になれよ”って、とっとと病室を出て、そのまま医者のところにギプス分けてもらいに行ったの。これがホントの『怪我の功名』ってな(笑)

 いまでこそ、こうして道具や機械の発明そのものを楽しみのひとつとしている栗盛さんだが、もともとは、やむにやまれぬ事情があった。

「俺が20歳のときに、腕のいい樺(かば)細工職人として尊敬していた親父が脳出血で倒れて、右半身不随の言語障害になっちゃってさ。高校を出て1年で栗久の6代目を継いだ。恥ずかしい話なんだけど、借金もないかわりに預金もほぼゼロでさ。なんとか生産性を上げていかなきゃならない、でも設備に投資する余裕はない。金がないなら、頭をひねるしかなかったのよ」

 自分の発想ひとつで歩んできたという自信の表れだろう。驚くことに栗久には“企業秘密”がない。

 道具や機械を含めて工場のどこを撮影しても、何を記事にしてもいいという。

「だって、新しい作戦や次の面白いことがいっぱい詰まった栗さんの頭の中だけは、誰にも覗けないでしょ?」

お母さんたちが欲しいモノを作る

 現代の名工に選出される職人であり、栗久を束ねる社長でありながら、栗盛さんは月の半分ほどを使って全国を飛び回り、店先でお客さんに商品を販売している。

商売っていうのは、お客さんの前に立って声を聞かないと絶対に成長しない。だから俺も、新しいモノを作ったら、まずうちのおっかさん(奥さん)に見せるのよ。女性って感覚でモノを判断できるじゃない。なんぼ自分がよくできたと思っていても、“これ女には使えない”って一刀両断。いやいや、こっちは玄人なんだからって反論しても“玄人だろうがなんだろうが、使えないものは使えない”って。強烈よ~(笑)」

 実際、栗盛さんが円錐形の曲げわっぱを生み出した背景には、何気なく出た奥さんのひと言があった。