父と娘のもどかしい愛情も描きたかった

 本書に収められている作品の中で、一木さんがいちばん苦労したのが2本目の『ドライブスルーに行きたい』だという。この作品には大人になった由井の中学時代の同級生ミカと当時の彼女が憧れていた先輩の高山との関係が描かれている。

一木けいさん 撮影/齋藤周造
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「ミカは、温かい家庭で育った素直で普通の女の子なんです。私のような家庭環境の人間にとっては、憧れの象徴です。私はミカが当たり前のように持っているものが欠乏しているので、なりきるのがすごく難しかった。人生の中でミカのような子を3人ほど知っているので、煮詰まったときには彼女たちの姿を思い浮かべながら書きました」

 タイトルの『ドライブスルーに行きたい』には、一木さんのある思いが込められているという。

何の後ろめたさもない恋人同士とか、誰に見られても恥ずかしくない家族とか、ドライブというのは幸せな恋人や家族の象徴のような気がするんです。実は、5つの物語の登場人物たちは、ドライブに行けた人たちと行けなかった人たちに分けられるんです

 1作目の『西国疾走少女』は、大人になって幸せな家庭を築いている由井が過去を振り返る形で綴(つづ)られている。一方、5作目の『千波万波』には、由井が現在にいたるまでのとある事情が描かれている。

担当さんに“由井が幸せになるまでの過程がわからないと、読者はきっと消化不良を起こします”と言われたときに、途中まで書いてやめてしまった物語があることを思い出しました。由井のその後の話だったのですが、当時の私には書くことができなかったんです。でも、4つの物語を書いた後にチャレンジしたところ、何とか書き上げることができました」

「由井はアルコール依存症の父親の言動に傷ついたり失望したりしています。でも、父親は由井への愛情を持っていますし、それは由井も同じです。憎しみや恨みの中にある、父と娘の愛情のもどかしさを描きたいとも思っていたんです