長男の卒乳を待って、すぐに第2子の妊活を始めた。周りからは、“1人いるんだから、もういいのでは”と反対する声もあがった。

7月13日、2人目の出産日の約1か月前に撮影 著書『大人の授かりBOOK 〜焦りをひと呼吸に変える がんばりすぎないコツ〜』(ワニブックス刊)より
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 しかし、加藤の心に迷いはなかったという。

「実は長男のサクは双子だったが、もう1人は育たなかった。その子と“もう1度、会えるチャンスをつくるね”と約束してお別れしたんです。それと、夫と私が高齢だからこそ、将来、サクがひとりにならないようにきょうだいをつくってあげたかった

 45歳から46歳にかけて6度チャレンジしたが、着床しなかった。そして挑んだ7回目で妊娠。大出血のおそれがある全前置胎盤の状態で、数人の医師が待機するなか、帝王切開で次男を出産した。

産んだあとも親の責任はなくならない

 望みどおり2人の子を授かったが、加藤は“妊活は46歳まで”と決めていた。不妊治療はやめどきが難しい。世の中には50歳で出産する人もいて、その可能性にすがると踏ん切りがつかなくなる。

子どもは産んだら終わりではなく、ひとり立ちできるように育てるまでが親の責任。うちは私が70歳までには、子どもの大学生活を終わらせたい。浪人することも考え、逆算すると46歳だったんです」

 金銭的な負担も無視できなかった。

「体外受精などの高度生殖補助医療は、手術代だけでなく、受精卵を凍結保存する費用、検査代、ホルモン注射代、トータルすると不妊治療1回で100万円近くかかることも。

 私はずっと子どもが欲しくてコツコツ貯金していたんですが、2人目のときにはほぼ使い切り、夫は本業のほかにアルバイトもかけ持ちし、私もできる限り仕事をして費用を工面していました」

 不妊治療中は“妊活クライシス”に陥りかけたという。