「夢の中ではミヤコが生きていて、いつ世間に“実は生きています!”と公表しようかと相談しているんです。でも、起きたら私、ひとりなんですよね。目覚めるたびにまた落ち込んで、その気持ちをどこに持っていけばいいのかわからない。

 “苦しい”“悩んでいる”と周囲に言えればよかったんでしょうけど、お笑い芸人なのでそういう面を外に出してはいけないと思っていたんですね

 こうした心労が原因か、顔の片側が顔面神経麻痺に。カウンセラーからは“環境を変えるのが一番”とアドバイスされ、会社のすすめもあり、休養をとることに。

美容にはまるで興味がなく、笑いをとることだけを考えていた20代

ピラティスが絶望から救ってくれた

 行き先はニューヨーク。大阪外国語大学出身の彼女にとって憧れの街だった。

「ニューヨークにはたまたま知人がいたので、その部屋に居候させてもらう形で、10か月滞在しました。とにかく何もすることがないですし、お金もありません。まずは人生最高に太ってしまったので、やせようと思いセントラルパークを走り始めました。

 そしたら、マドンナやロビン・ウィリアムズがボディガードと一緒に走っているんですね! ニューヨークはすごいなって。驚いたし、楽しさも感じたし、徐々に気持ちが変わっていったんです」

 この滞在が、美容の世界に入っていくきっかけとなった。

「ある日、街角で顔の体操をするレッスンに無料参加できるというチラシを受け取ったんです。“どんなものか行ってみよう、タダやし”と(笑)。当時は薬を飲んで顔がピクピクする症状を抑えていました。

 それがレッスンを受け、今まで意識していなかった顔の筋肉を動かすようにしたら、ピクピクが止まったんです。“神経って筋肉と連動しているんやー!”って気づかされました。ここから身体と健康、美容に興味を持つようになって、勉強し始めたんです

 その後、ラジオのオーディションのため、帰国。大阪で仕事に復帰しながら、骨の仕組みと体幹を理解するために解剖学を独学で勉強した。その集大成としてピラティスに出会った。