親に伝えたかったメッセージ

 大橋さんの親は、彼が20歳になるまではアルバイトもさせなかったし、車の免許も取らせなかった。心の奥底で「少し変わった子」であることは確信していたのかもしれない。世間体を気にし、発達障害であるかどうか診断を受けさせることはなかった。

「いまだに親は僕が発達障害だと認めません。ただ、僕は親を許せたんです。あきらめたと言ったほうがいいかな。兄は家を出たけど、僕はネガティブな考え方をする両親の“不仲”という家庭の負を一身に背負いながら、今も親と暮らしています。今思えば、オヤジは母子家庭で、子どものころ“おとうさんってどこに売ってるの?”と聞いたことがあるらしい。どうしたら父親になれるかわからなかったんでしょう、モデルがいないから。いい大学を出ていい会社に入ったのに、退職して中華料理屋をやってる。オヤジ自身もどこか生きづらさを抱えていたのかなとも思う。

 僕は33年間苦しんできたけど、これからは自分の体験を同じように苦しむ人たちに伝えて、一緒に考えていくことができればと思ってる。ひきこもりの気持ちがわかるから、親御さんにも“好きでひきこもっているわけじゃないよ”と言える気がするんです」

 実際『楽の会 リーラ』では大橋さんを頼っている親たちも多い。人と接する経験値や知識があるから、講演会でも活躍するようになってきた。

 それでも当事者の母親と話していて「それはかあちゃんが悪い」などとはっきり言うので、ときどき揉めごとになる。正直がすぎてしまうのだ。

「モラハラだと怒られることもあるんだけど、オレはそういう人間だからしょうがない」

 そうやって偽悪的になることもある。もっと言葉をマイルドにすることも大橋さんならできるはず。だが、彼はあえて自分を変えない。その言い方に慣れていないとカチンとくることもあるが、こちらが正直に対応すると彼はとことん親身になる。何度も会って話し、そんな大橋さんに非常に好感を抱いた。

「自分はこういう人間ですと晒(さら)したときに周りがどう受け止めるか。親が一方的に“ひきこもっていないで働け”と言っても無理がある。それは相互理解にはならないでしょ。まずはその子を認めてほしい。承認されないと人は動けない」

 最後の言葉こそ、彼が親に言いたかったひと言なのかもしれない。

【文/亀山早苗(ノンフィクションライター)】


かめやまさなえ◎1960年、東京生まれ。明治大学文学部卒業後、フリーライターとして活動。女の生き方をテーマに、恋愛、結婚、性の問題、また、女性や子どもの貧困、熊本地震など、幅広くノンフィクションを執筆。