近年はSNSの充実で、地方からも全国的な人気を獲得するコンテンツが誕生している。これからも確実に地方からスターは生まれ、それらの命は、東京のエンタメ観では見つけられない場所で産声をあげています。そんな輝きや面白さを、いち早く北海道からお届けします。(北海道在住フリーライター/乗田綾子)

TOKIOやSMAPが表紙を飾るアイドル雑誌(筆者私物)

 1月に放送された『ザ!鉄腕!DASH!!』(日本テレビ系)に、木村拓哉が出演して話題となった。また木村のラジオ『Flow』(TOKYO FM)に4週連続で長瀬智也が出演するなど、これまでに実現しにくかった“SMAP×TOKIO”の共演に、ファンは喜んでいる。そこで今回は、幼い頃からSMAPを追いかけてきたフリーライターの乗田綾子さんが、今だからこそ“SMAP×TOKIO”の関係性を深掘りし、懐かしいお題に切り込む!第2回は、TOKIOの母体となった『平家派』とSMAPの関係性を追う。

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 6人組アイドルグループ・SMAPの誕生直後にサポートメンバーとして、一時的に活動を共にしていたのが、その後TOKIOとしてデビューした国分太一さん。

 そんな国分さんを紹介する1988年当時のアイドル誌には「(ドラマ撮影で不在が続く)森且行くんのかわりに、平家派の国分太一くんが応援に来てくれたよ」という一文がありました。後のSMAPとTOKIOの関係を語ろうとするとき、この「平家派」というのは、非常に重要なキーワードとなっていきます。

TOKIOの母体「平家派」とSMAPとの関係

 光GENJIのバックダンサーとしてジャニーズJr.の新グループ・平家派が生まれたのは、5枚目のシングル『剣の舞』がリリースされた1988年秋。

 時期的にはちょうどSMAPがドラマ主演をきっかけに、6人組のアイドルグループとなった頃と重なっており、平家派もまた、SMAPとほぼ同時にアイドルグループとしての産声を上げていたということになります。

 平家派は雑誌、テレビ、コンサートと場所に応じてメンバーの入れ替わりがあったため、所属者は総勢30名以上だったと言われています。しかし、この時期に雑誌で平家派として紹介されていたのは、ほぼ固定の8名。

 そしてそのうち4名のメンバーは、後にTOKIOとなる城島茂さん、山口達也さん、国分太一さん、また後にV6となる坂本昌行さんでした。そんな平家派ですが、実は少なくとも1989年の間は、SMAPと同じペースで多数のアイドル誌に登場しているんです。