そんななか、新しく赴任してきた所長が「建て替え宣言」をしたので、わたしたちはひどく慌てた。町の人もまっ青になり、ともに建物の保存を求める「奈良少年刑務所を宝に思う会」を結成したのが平成26年(2014)。会長には、ジャズピアニストの山下洋輔氏になってもらった。設計者・山下啓次郎のお孫さんだ。

 運動は実り、県議会や地元自治会、日本建築学会も保存要望書を出してくれて、奈良少年刑務所の明治の名煉瓦建築は、とうとう国の重要文化財に指定された。平成29年(2017)2月のことだった。しかし、同時に奈良少年刑務所の廃庁も決まり、その年の3月いっぱいで奈良少年刑務所は消滅してしまった。建物は残ったが、更生教育の伝統は継承されなかった。建物は民間委託され、ホテルと史料館に転用されることになっている。星野リゾートが手を挙げ「1泊5万〜8万円の高級ホテルにする」と発表した。

 しかし、そこは明治日本の近代化の記念碑であり、多くの少年たちが自分を見つめた記憶を持つ特別な建物だ。出所した受刑者たちが働くことができ、人々が犯罪や更生について知り、思いをめぐらせ、誰もが利用できる場所になってほしいと切望している。

『映画 少年たち』のロケ地に

 廃庁後、がらんどうになった無人の建物で、映画のロケが行われた。ジャニーズの『映画 少年たち』だった。封切り日に見にいって、わたしは感動のあまり泣いてしまった。受刑者の少年たちが号令に合せて行進していた監房の廊下で、ジャニーズの少年たちが、実にのびのびと自由に踊っていたからだ。

 映画のなかでは刑務官が受刑者を虐待したりと、現実には起こりえないことが起きるが、少年たちが犯罪に追い詰められる現代社会の背景はきちんと描かれていた。そしてなにより、この映画のもうひとりの主人公が、奈良少年刑務所の美しい煉瓦建築であることがうれしかった。

 天窓から光がさす、まるで教会の聖堂のような中央看守所、1階が透けて見える監房の長い長い廊下、黒い瓦屋根と赤い煉瓦が美しく調和した空撮、高い壁に投影された少年たちの踊る影。建築を隅々まで知り尽くし、生かしてくれた撮影に深く感謝する

 アイドル映画だと侮ってはいけない。冒頭8分の踊りながらの移動撮影の長回しは、なんと一発撮り。彼らが鍛えに鍛えていることを物語っている。エンターテイメントと社会問題、そして建築美が一体となった素晴らしい作品だ。

 そして、映画のラスト近く、出所者がホテルになった奈良少年刑務所を見て「ここがぼくたちのいた場所だ」と呟くのが、胸にしみる。実際、少年たちに様々な思いが交錯した場所なのだ。

 映画撮影にも使われた工場などの一部の建物は、明治建築でなかったために、すでに壊されてしまった。しかし、それは『写真集 美しい刑務所 明治の名煉瓦建築 奈良少年刑務所』で確かめることができる。そう、わたしたちが企画して撮ったあの写真が、ついに写真集として出版されたのだ。

 刑務所を愛し見守ってきた町の人々の声や、専門家による建築としての価値の解説もある。映画と合わせ、ぜひ手に取ってほしい。そこには、設計者・山下啓次郎の願いが満ちている。あの煉瓦建築は、人の心を癒す美しい建物を造ろうとした彼の心をいまも響かせ続ける、大きな煉瓦造りの楽器なのだ

『写真集 美しい刑務所 明治の名煉瓦建築 奈良少年刑務所』(西日本出版)
写真=上條道雄 著=寮美千子
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『奈良監獄物語 若かった明治日本が夢みたもの』
(小学館)6月18日発売
著=寮美千子/絵=磯良一 
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PROFILE
●りょう・みちこ●東京生まれ。 2005年の泉鏡花文学賞受賞を機に翌年、奈良に転居。2007年から奈良少年刑務所で、夫の松永洋介とともに「社会性涵養プログラム」の講師として詩の教室を担当。その成果を『空が青いから白をえらんだのです 奈良少年刑務所詩集』(新潮文庫)と、続編『世界はもっと美しくなる 奈良少年刑務所詩集』(ロクリン社)として上梓。『写真集 美しい刑務所 明治の名煉瓦建築 奈良少年刑務所』(西日本出版社)の編集と文を担当。絵本『奈良監獄物語 若かった明治日本が夢みたもの』(小学館)6月18日発売。