「消えたい」と「死にたい」を使い分け

 中学2年からはリストカットを繰り返すようになったが、多少、意味あいが違うようだ。

「リスカは『消えたい』という思いではなく、ただ単に、切りたいときに切っている感じ。途中からは、心に刻みたいことがあったときに切っていたと思います」

 リストカットをする場合、手首の傷は「横」にする人が多く見られるが、かなえは「縦」だった。それは、最初に切ったときが「縦」だったからだ。ひとつの線を3日かけて切ったときもあった。

「フツーに過ごすことができれば、『昔、ヤッちゃったんです』と言えるけれど、今は、周りに本気で疑われるほど切っています」

 手首の傷は、誰かに向けてのSOSのメッセージではないかという見方もあるが、かなえの場合は違う。

「他人へのメッセージではありません。ただ、誰かに(私の存在を)覚えていてほしいだけ」

 こうした行動を心配して、母親はかなえを精神科に連れて行った。初診で発達障害と診断されたというが、特に説明はされなかったという。

「母は、(診断基準を見ながら)誰でもひとつは当てはまるから、そんな要素は誰もがある、とか、障害者だと思わなくていい、こういう人はどこにでもいる」と言っていました。きっと母としては『ダメな部分を障害のせいにするな』『言い訳をするな』と言いたかったんでしょう」

 15歳のときから自殺サイトにアクセスをし、いまだに「消えたい」「死にたい」と、両方の思いを抱いているという。それぞれの思いには、別の意味が込められており、その呪縛にかなえは今もなお、苦しんでいる。

「自分にとって『消えたい』は自分が存在したことがない状態になること、『死にたい』は、自分が存在していたことを他人に覚えてほしいときの感情です。具体的に考えたことはないけど、毎日、死にたいと思っています。処方薬を1か月分、全部を飲んでも死ねないことはわかっています。でも、現実から逃げたい。自分から逃げたい……」

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 彼女たちだけでなく、取材をしていると「死にたい」や「消えたい」との言葉をよく聞く。同じ言葉でも、その感覚は人によって違い、みなが同じように苦しんでいる。たとえ、精神科医やカウンセラーといった専門家が相手でも、“聞いてもらえた実感”を得られたという話は多くはない。

 ただ一方で、実感が得られれば、話をしたい相手は探しやすくなる。聞く耳を持っている人は必ずいます。「死」が頭をよぎったときは、電話相談やSNS相談でもいいので誰かに声をかけてみてください。それでも……というときには、取材という形でもよければ連絡をください(twitterID:@shibutetu)。


渋井哲也(しぶい・てつや)◎ジャーナリスト。長野日報を経てフリー。東日本大震災以後、被災地で継続して取材を重ねている。『命を救えなかった―釜石・鵜住居防災センターの悲劇』(第三書館)ほか著書多数。