妙子さんが使っていた勉強机には遺品などが置かれ、死後18年たった今も残されている
【写真】妙子さんが亡くなる直前、最後の力を込めて書いた絶筆

 生後5か月、7か月に白内障の手術、耳には補聴器、4歳のときには心臓の動脈管開存症の手術を受けた。

 動脈管開存症は生後2~3週間で閉じるはずの心臓に接続する肺動脈と大動脈をつなぐ血管が開いたままとなり、全身に流れるべき血液の一部が肺動脈に流れ、肺や心臓に負担がかかる病気。のちに妙子さんの命を奪ったのは、この病気に伴って肺動脈の血圧が異常に高くなる肺動脈高血圧症だった。

発症した新生児の1/4は半年以内に死亡

 前述した'13年の風疹大流行は前年からその兆候が始まり、翌'14年までその余波が続いた。'12〜'14年の3年間で日本国内では先天性風疹症候群と診断された新生児は45人。その後の追跡調査で、このうちの約4分の1にあたる11人は、生後半年以内に死亡したことがわかっている。先天性風疹症候群はそれほどまでに過酷なのである。

 そして'13年に次ぐ'18年の流行の影響で、今年に入り、東京都と埼玉県でそれぞれ1人の新生児が先天性風疹症候群だったことがすでに判明している。6月には大阪府で新たに1人が先天性風疹症候群だったと発表された。

 現在、風疹撲滅のため、任意団体『風疹をなくそうの会 hand in hand』の共同代表も務める可児さんは、この状況について次のように語る。

「そもそも風疹はワクチンでほぼ防げる病気です。今回、先天性風疹症候群の患者さんが報告されたことに、これまでの私たちの活動で国を含めた関係者に十分に声を届けられなかった悔しさと申し訳なさでいっぱいです」

 風疹は今も治療薬はなく、風疹ワクチンの接種で予防することが唯一の対策だ。

 日本では1994年の予防接種法改正で'95年4月以降、生後12~90か月の男女への風疹ワクチン定期接種が義務づけられた。それ以降の出生者は、ほぼワクチン接種ずみである。

 現在は2回のワクチン接種が一般的で、これで接種者の99%で感染予防が可能と報告されている。にもかかわらず、風疹が流行してしまうのは、'95年3月以前の接種状況が決して十分ではないからである。

 日本で風疹ワクチンの接種は'77年8月に先天性風疹症候群を回避するため、将来、妊娠の可能性がある女子中学生への集団接種として始まった。'89年には生後12~72か月の男女全員へのはしかワクチン定期接種時に風疹ワクチンも含まれた混合ワクチンを選択してもよいとされた。

 しかし、この時期までの接種法は1回接種。のちに1回では、はしかや風疹に対する免疫が十分でないことが医学的に明らかになり、現在の2回接種に至っている。

 つまり現在も妊娠可能な30~40歳の女性の中には風疹に対する免疫が十分でない可能性がある人がおり、さらに現在30代から50代前半の男性に至っては、ほとんどが免疫がない可能性が高い。