現場となった店舗。木津さんの作る羊羹は近所でも評判だった
すべての写真を見る

 新交通システム「日暮里・舎人ライナー」の赤土小学校前駅から徒歩5分。築50年超えの木造2階建ての1階が、木津さんが構えた城だった。

「お赤飯や水ようかん、贈答用のお菓子なんかをよく買っていました。数年前までは繁盛していたと思います。

 ところが、ここ3~4年、旦那さんは午後6時で店を閉めて、ピザ店で配達のアルバイトをするようになったんです。どうやら娘さんのアルバイト先も、そのピザ店だったみたいです」(前出・主婦)

 20代半ばの若さで転機が訪れ一国一城の主になったが、ここ数年はアルバイトをしながら維持するという内情。借金返済に追われていた、と前出・知人男性は証言する。

「事件の数日前も来ていたけど、借金取りがしょっちゅう来ていた。借金は最初は3000万円くらいあって、月々20万円ずつ返済していた。“まだ2000万円残っている”と本人が話していた。金のことで、奥さんとは相当もめていたって聞いているね。借金の取り立てにやって来た人間と、店先でよく言い争っているのを見ました」

小学生時代にあった顔のアザ

 そんな経済状態だったが、木津さんはいぶきさんを埼玉県にある私立の中高一貫校(偏差値約67)のミッションスクールに通わせ、今春から県立大学の看護・福祉系学部に進学させた。弟も私立の難関校に在学している。

 いぶきさんの小学校の同級生の母親が、子ども時代のいぶきさんを記憶していた。

「いぶちゃん、って呼ばれていました。学校にはあまり来なかったけど塾にはちゃんと来ていました。お母さんが教育ママという感じ。頭がよくて、学校で教科書を捨てちゃったことがあって、先生に“いらないかと思って……”と言い訳していたそうです。

 バレエをやっていて、ほっそりして物静かな子でした。小学校低学年のころ、左頬にアザを作って登校したことがありました。“どうしたの?”って聞いたら“ぶつけた”って。しばらくしたら、また顔にアザを作ってきて、今度は“わからない”って。だから誰かをかばっているのかなって思っていました。お父さんかお母さんか……

 娘の再婚相手に、孫娘を殺されてしまったいぶきさんの祖父は、週刊女性の電話取材に、

「ごめんなさい、お話できることはありません……」

 と弱々しく声を絞り出す。

 人前で恥ずかしげもなく手をつなぐ43歳の父と18歳の娘……。父が残した「2人で死のうと思う」という走り書きの真意は? 当事者が命を絶ってしまった今、残された手がかりから警察は謎の解明に迫るしかない。