2019年7月、京都アニメーションでの放火事件は、あまりにも悲惨な結果を招いた。容疑者への怒りの声がインターネットやSNSにあふれた。当然のことだろう。が、しかし、わたしは思った。「彼はなぜそんなことをしてしまったんだろう。なにが、彼をそこまで追い詰めたのだろうか」と。奈良少年刑務所で足かけ10年、受刑者に絵本と詩の授業をしてから、わたしはどんな犯罪でも、まずそう考えるようになったのだ。

「長いこと矯正の仕事に携わっていますが、ひとりとして『背景』がなにもないのに犯罪に至った人を見たことがありません。彼らは、加害者になる前に、被害者であった、そんな暮らしをしてきているんです。生まれつきの悪人なんて、いないと思います」

 わたしが、刑務所で授業を始めることになったのは、教育統括官である細水玲子さんのこの言葉だった。10年間で、合計186名の重い罪を犯した少年たちと接してきて、彼女の言葉が真実だと知った。では、どんな体験をした子が刑務所に来ていたのだろうか。

詩の中に見える少年受刑者の背景

 

 『地図』

 

 子どものころ マンガに夢中になる小学生がいても

 地図なんかに夢中になる小学生は あまりいないだろう

 でも ぼくはマンガよりも 地図が大好きだった

 地図には ぼくが暮らす施設が載っていた

 地図には 離れて暮らす母の団地が載っていた

 地図には 団地の近所の公園やスーパーも載っていた

 

 施設では 先輩のいうことが絶対で ぼくたち年下は 毎日殴られた

 歯を折られた友だち 顔に火をつけられた友だち 風呂で死にかけた友だち

 大切にしていた流行のカードやゲームも

 数えきれないほど取られ売り飛ばされた

 まわりの大人は大事にならない限り助けてくれず なんの役にも立たなかった

 そんな施設が 先輩たちの城であり ぼくたちの牢獄だった

 苦しくて 無力で どうしようもなくて

 こんなところから早く出たくて 毎日だれかが泣いていた

 

 そんなとき 地図を見れば 少し 心が和んだ

 数十キロ離れていても 地図を見れば 母と繋がっている気になれた

 思い出をたどるように 母と通った道や行った場所を 夢中で探した

 みんなが好きなマンガより ぼくは地図が好きだった

 

 ぼくが生きていて 母が生きている時間が 十二年

 ぼくが生きていて 母が死んでからの時間も 十二年

 ぼくにとって一つの節目なので 母に捧げる詩を書きました

 

 作者のAくんは真顔で「刑務所のほうが施設よりずっとましです」と言った。今でこそ養護施設の状況はもっとよくなっているが、彼らが幼いころには、相当きびしい状況だった。

「たいへんやったんやねえ」

「同じ実習場なので、支えてあげられたらと思います」

 教室の仲間が、次々にやさしい言葉をかけてくれる。仲間たちの言葉が、Aくんを癒していく。それどころか、おそらくは慰めの言葉をかけている本人が、自分の言葉に癒されている。友を癒すことは、つらい思いをしてきた自分自身を癒すことにほかならない。

 わたしが見てきた受刑者のなかには、施設で育った子も多かった。なにかのサポートがあれば、犯罪者になることを防げたかもしれないと思わずにはいられない。