自傷行為を認めてくれた

 自殺のきっかけとなった記事で、将棋倒しでケガ人が出たことは想像がつくが、その詳細は書いていなかった。それにもかかわらず、死を想像し自殺まで考えるのは、何か理由があったのだろうか。

「学生時代、学校ではいじめにあいましたが、私には、いじめなんて些細(ささい)なことでした。それよりも、むしろ父親からの暴力や暴言のほうが大きかったです」

 父親からの虐待を母親は止めなかった。

 私も会ったことがあるが、母親は気弱な性格で、父親の言動に口を出せるタイプではない。彩花は虐待を我慢せざるをえず、むしろ、それが普通だと思い込まされた。そんな中で自己肯定感を失い、自分の存在価値を低く見積もるしかない日々を送る。そんなときに、“将棋倒し”の記事と出あってしまった。

 自殺願望を含めた感情のやり場をどこに吐き出したらいいのか。彩花は、自分のブログでそのことをつぶやき始めた。すると、同じような感情を持っている人たちとつながった。ネットで知り合った人と会うことで、今までにない人間関係も行動範囲も広がっていった。

 そんな彩花でも社会に適用しようと、仕事人間になったこともある。しかし、そうした時間は長く続かず、それはとても「心が疲れる」行為となってしまった。その後、精神科に通ったり、入退院を繰り返した。

「いい年をして親の世話になっているのは恥ずかしいです。そういう感情はありました。ただ、通院先の医師は、自傷行為をしている自分を認めてくれるんです。その安心感は心のよりどころとなっていました」

 ということは、医師の中には自傷行為をやめさせようとする人もいるということだ。自傷をしない自分は自分ではないと感じていた彩花。自傷を認めてくれる医師との出会いで、なぜか今までに感じたことのない希望が持てた。

 しかし、ある年の9月の夜、鬱(うつ)が強まった。台風が接近していたこともあり、気圧の変動によって、鬱の波が押し寄せる人もいると聞く。彩花もそのひとりだったということだ。いつもよりも多めの薬を飲み、その中には、処方されていない強めの抗うつ剤が入っていた。それが原因かはわからないが、彩花が二度と目を覚ますことはなかった。

 30回を超える自殺未遂を繰り返していた彼女は、「死ぬことで楽になりたい」と言っていたが……。