家庭環境は良好だった

 高校に入ってから自傷行為を始めた。そして、自傷行為をテーマにしたネットのコミュニティーに入り浸る生活が続く。そこでのやりとりで「自分のような人は、ほかにもいるんだ」という感覚をもたらし、自己肯定をするきっかけとなった。ネットのつながりのおかげで、親友と呼べる関係を築くことができる人たちとの出会いもあった。

 一方、家族関係はどうなのか。

「仲はよいほうだと思いますよ。ケンカはしますが、よく話はします」

 虐待があるわけでもないし、ケンカといっても暴力的なことはない。過干渉になることもなければ、自宅は一軒家で典型的なサラリーマン家庭だった。若菜の死後、遺族に会ったが、何か問題があるようには決して見えない。ただ、生前、若菜がこう言っていたことがあった。

「お父さんが、なぜか怖いんです」

 虐待や押しつけといった具体的なエピソードがあるわけではない。もしかすると、父親が怖いといよりは、痴漢体験や教員との恋愛経験などで、男性恐怖になっていたのではないかと考えられる。それを生前、私の取材で家族のことを聞かれて、そう表現しただけなのかもしれない。

 そんな若菜は思いきって生活を変えようと東京へ行くことにし、その前日、処方された抗うつ剤を多めに飲んだ。「死のう」と思ったのかはわからないが、自分で119番に電話して救急車はすぐに来たが、受け入れ先の病院が決まるまで2時間かかった。そのため、息を引き取った。

 彼女たちはいずれも死を望んでいた傾向があったが、どちらも“自殺を実行”するための服薬ではなかったと、思いたい。ふたりとも精神科に通ってはいたが、直前にそのサインはなかった。が、自殺を考えるには理由がある。その実行のタイミングに明確な動機や理由がないこともある。

 ふたりのように気圧の変動、そして環境を変えようとするとき、自分たちが気づかないところで自殺のリスクが高まる、ということもあるのだ。


渋井哲也(しぶい・てつや)◎ジャーナリスト。長野日報を経てフリー。東日本大震災以後、被災地で継続して取材を重ねている。『ルポ 平成ネット犯罪』(筑摩書房命)ほか著書多数。