助け合う人々と、動いた芸能人

 蛭田さん宅から徒歩約7~8分、勝山港通り商店街で食料品店などを夫婦で経営する青木静子さん(67)は、近所の鮮魚店からもらったサザエ、マグロを暗闇の食卓に並べた夜を覚えている。

 実家の被災を心配した息子が帰ってきて「食べ物はパンぐらいかと思っていたけれど、ずいぶん豪勢だね」と驚いたという。

「魚屋さんは“どうせ腐っちゃうから”って。商品を融通し合えてよかった。食べ物は見た目も大事でしょ。暗い中で食べるとあまりおいしく感じられないから、ロウソクをいっぱいつけていただきました」(青木さん)

 青木さんの店をあとにして、再び漁港近くへ。2階部分がほぼ骨組みだけの民家があった。この家で生まれ育ち、いまは神奈川県茅ケ崎市で美容室『R's hair(アールズ・ヘア)』を経営する茂串龍蔵さん(45)は、両親が暮らす実家の変わり果てた姿に「がっくしですよね」と本音を漏らす。

「屋根もベランダも窓もなくなり、おふくろは怖がってトイレで一夜を明かしたそうです。僕は茅ケ崎からガソリンやロープ、おしめ、生理用品、カップ麺などをご近所の分まで持ってきて配ったんですが、“龍蔵、帰ってきてくれたのか。俺は大丈夫だから年寄りに持っていってあげてくれ”と言う人もいて」

 と茂串さん。

 茂串さんの父親は金目鯛やカツオの元漁師。近所に漁師宅は多く、冷蔵庫の金目鯛、サバ、サザエ、イワシ、カマスをフライで揚げて持ち寄ったという。

「のどかで空が高くて人のあったかい町。父は器用で大工仕事が好きだから、これだけ壊れても建て直すと言うかもしれない。まずは、ほかの家のテレビを直したり、ブルーシートを張っていますけれど」(茂串さん)

 さらに先を行くと、港近くのコミュニティーセンターで炊き出しが。近所の住民らによると、俳優・佐藤浩市(58)の働きかけでボランティア団体がピザや海苔巻き、豚汁などを振る舞ってくれたという。

佐藤浩市さんは、この町によく遊びに来る。本当にありがたい。こういうところに人間性って出るんでしょうね

 と近所の男性。

 鋸南町を離れ、車で1時間弱の房総半島南端の館山市へ。

炊き出しの豚汁、マルゲリータ、しらすチャーハン。よく町を訪れる俳優・佐藤浩市の働きかけに住民は感激した=鋸南町
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