世界の見え方が変わる瞬間がある

 茂木さんの子ども時代の様子や、学生時代に抱えていた生きづらさなども本書の中で詳しく書かれているが、読み手となった私たちにも自らの過去が立ち上ってくる。

 普段は忘れてしまっていた《過去と向き合い、仮想と結ぶことが、『今、ここ』の現実をよりよく生きる上での大切なきっかけとなる》とも、茂木さんはモノローグに綴っている。

「人間は、過去の記憶はありますが未来の記憶がない。未来を予測しても、どうなるかなんて誰にもわからない

 やってみたほうが絶対いいのにまだやっていないことが、みんなそれぞれいっぱいあると思うんです。世間の目や『するべき』ことにとらわれずに、瞬間的なインスピレーションを大事にして、やりたいことをやってみてほしい

 そしてさらに言えば、とこう続けた。

人間には、世界の見え方が変わる瞬間があるんです。それは突然やってくる。そして、大きく人生を変えてしまうことがある。それは今かもしれないし明日かもしれない。いつくるかわからない。別に好きなことをやらなくても、道端に花が咲いているのを見ただけで変わってしまうかもしれないんですよ

 変わり映えのしない毎日も、ふとした瞬間に突然、変わるかもしれない。

 茂木さんはニコリと笑って去っていった。

ライターは見た!著者の素顔

 Tシャツに黒いパンツ、もじゃもじゃ頭にリュックを背負って現れた茂木さん。取材中は茂木さんの頭脳にインプットされたさまざまな固有名詞や記憶がスラスラと流れるように出てきます。

 時間があればランニング、都内を歩いて移動することもあるそうですが、甘いものも大好き。この日はあんみつを注文。誰に対しても壁を作らず、フラットに接してくださるお人柄。撮影の際はリュックから丸めたジャケットを取り出し、ビシッと決めてくださいますとてもキュートな方でした。そのお人柄も見える本書、ぜひどうぞ。

(取材・文/太田美由紀)

『生きる―どんなにひどい世界でも』(主婦と生活社)茂木健一郎・長谷川博一=著 1400円(税抜)※記事の中の写真をクリックするとアマゾンの紹介ページにジャンプします

●PROFILE● もぎ・けんいちろう 1962年、東京都生まれ。脳科学者。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。'05年『脳と仮想』で第4回小林秀雄賞を受賞。著書多数。