最初にげんこつをくらった若い呼出が巡業の客席で弁当を食べていたというのは、朝7時だったという。巡業は朝8時開場で、まだお客さんはいない。だから、いいだろうと判断して、彼はそこで弁当を食べたのだろう。同時に、それを見た拓郎からしたら、これからお客さんが座る席で裏方が弁当を食べるとは何事だ! と怒ったのだろう。

どんなブラックだ

 どちらの言い分もわかる。わかると同時に、巡業という過酷な仕事について考える。最近は相撲人気も高く、巡業のスケジュールが過密だ。一昨年の九月場所はケガをして休場する力士が増えて、巡業の過密日程が問題では? と言われたものの、その後も改善された様子はない。

 朝8時に始まり、3時過ぎに終了。お昼は一律みんなお弁当。​すぐにバスで次の巡業先に移動し、それがほぼ休みなく1か月近くも続く。力士たちも大変だが、準備や片づけなど、さまざまな仕事のある裏方は、さらに大変だろう。こっそりと、ただ、はっきりと言おう。どんなブラックだ、それ?

 誰もが疲れ、判断能力も下がり、イライラしていればいろいろな問題も起こる。いざこざもあるだろうし、怒鳴りあったりもするだろうし、そりゃ手も……。

 暴力問題に厳しく対処するのも大切だろうが、その問題の引き金になったであろう巡業のハードなスケジュールにも、相撲協会は目を配ってほしい。というか、そっちのほうが大切じゃないのか? と思う。

 みんな疲れてるから、もっと楽にできる方法を考えようや、って言ってほしい。鉄壁な宣言や規定よりも、より大事なものをみんなで考えようや、って語り合ってほしい。相撲界はいま、大事なものを見失ってるんじゃないか? このままだとズルズルとそういうほうにいってしまうんじゃないのか? とても心配になる。

 おすもうさんや、その世界を彩る人たちが規定だの宣言だのにばかり縛られてキィ~~~ッとなってるなんて、悲しい。大相撲は、その世界丸ごと家族のようであり、鷹揚(おうよう)で寛容、のんびり大きくおおらか、しかしときには厳しく叱る、そんなだったんじゃないのかと思っている。

 そして、そういう大相撲を私たちは長く愛してきたはずだ。もちろん暴力はダメだ。ダメだけど、でも、相撲界の寛容さ、みたいなものがどんどんそのルールに縛られて消えていくのだとしたら、とてつもなく残念なのだ。

相撲界は別社会として、自らも信じ、社会もそのように待遇していた。何ごとに対しても、おすもうさんだから、というだけですまされたのである」と書いたのは、昭和の初めに活躍した笠置山という関取だ。

 そういうことはもう許される社会じゃないのかもしれないけど、でも、それが少しだけ大目に見てもらえる社会だったら、実は社会全体がホッと息つけるんじゃないかなぁ? と思うのだ。

【追記】10月25日、コンプライアンス委員会から立呼出・拓郎への「出場停止2場所」への処分が決議され、決定した。しかし、同日に退職届が受理されて拓郎は退職。拓郎自身からの発表は何もないままで、ツイッターでは相撲ファンたちの悲しみの声があふれた。  

 果たしてこんな結果を誰が望んだろう?  

 相撲協会とコンプライアンス委員会は今後、より詳細で丁寧に言葉を尽くし、暴力と指導の線引きをした新ルールを設けるべきではないか? そして、こうして事が起きたときは規定に沿うだけでなく話し合いを必ず数回持ち、双方が、また相撲ファンが納得する方向を探る努力をしてほしい。  

 このままでは大相撲の文化が壊れていく気がしてならない。


和田靜香(わだ・しずか)◎音楽/スー女コラムニスト。作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦やアルバイト迷走人生などに関するエッセイも多い。主な著書に『ワガママな病人vsつかえない医者』(文春文庫)、『おでんの汁にウツを沈めて〜44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(幻冬舎文庫)、『東京ロック・バー物語』『スー女のみかた』(シンコーミュージック・エンタテインメント)がある。ちなみに四股名は「和田翔龍(わだしょうりゅう)」。尊敬する“相撲の親方”である、元関脇・若翔洋さんから一文字もらった。